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【雑談】 自分の弱さ 2

夜中に失礼します!

札幌で無い脳みそを振り絞り、答えの出ない事を永遠に繰り返し考えている、

ピンクパンサーです!

(๑╹ω╹๑ )ピロっピー!


【前置き】

以前ワタクシは、小学校の時のある出来事を記事にしました。

それが以下です。

「小学生の時に、友達の危機で一歩も動けず現実逃避をした。」

そんなエピソードです。

実はこの記事は、書く予定はありませんでした。

しかし、今年の2月にある出来事があり、小学生の時の「自分の弱さ」を書かないと、上手く伝えれないと思い、先に小学校の時のエピソードを記事にしました。

「43歳になった今も、自分は強くなれていなかった。」

今回はそんな記事です。


【今年の3月に書いた記事です】

この出来事は、今年の2月20日に起こった出来事。

記事を書いた後に、

「こんな内容を記事にして、誰かにメリットがあるのだろうか?」

悩んだ挙げ句、記事を出すのをやめました。

明らかに楽しい記事じゃない!T^T

しかし、如何に自分の心が弱いかが分かる、衝撃的な出来事でした。

戒めの為にも、公開しようと思いました。

暇つぶし程度にお読み下さい。m(__)m


【本編】

2月20日、夕方18時頃、母から電話が鳴りました。

「もしもし、なしたー?」

自分は今ギックリ腰で体勢を変えるのが苦しい。なのでもう、布団に入っておりました。

「ちょっと転んじゃってさー、額が割れて血が止まらないんだわ。これ縫わなきゃ駄目かも。」

はい?!

パニックです!

母は病院嫌い。そして、体調が悪い時や病気の時は僕に教えてくれません。大体事後報告。

それなのにリアルタイムで自分にこんな事を言ってくるという事は、相当ヤバい状況が考えられます。

しかも最近、フラフラしているのは気になってました。

「救急車呼んだ方がいいの?!弟は?!」

今日は弟も家に一緒にいるはずで、何で自分に電話が来たのか分かりませんでした。

「あの子、雪かきに出ちゃってて。救急車頼むわ。」

この時点で相当ヤバい事態になっている事が予想出来ました。

母は以前、父親に膝蹴りをされ肋にヒビが入って呼吸困難になっても救急車を呼びませんでした。

顔が真っ青になり呼吸もヒューヒューしている。

それなのに救急車を嫌がりました。さらに、母はかなりの病気でも弟が側にいるなら、自分には病気の事を言いません。

自分はうるさいからです。(^-^;

「具合悪いなら酒飲むなよー!!!」
と、ぐちぐち文句を言います。

なのに自分に頼むなんて、相当な緊急事態が予想されます。

「分かった!救急車呼んですぐ行くから、今すぐ座って!!」

実は、救急車を呼ぶのは初めてです。しかし、余りにもテンパっていて、すぐにかけました。

「はい、救急〇〇です。」

119番の担当の人が電話に出ました。

「すいません!至急救急車を一台お願いします!」

「何処に向かえば良いですか?」

「〇〇の〇〇です!」

「あれ?GPSの場所が違う様ですけど?」

「あ、母から頭を打って出血したと電話が来まして、代わりに呼んでます!」

「どうやって救急車が必要と判断されたんですか?見てないんですよね?」

。。。申し訳ないのですが、現在心に余裕がなく、今すぐに母の所へ向かわなければなりません。確認が必要なのは分かるのですが、カチンと来てしまいました。

「頭から出血が酷く救急車を呼んでくれと頼まれて電話をしました!早く向かわせて下さい!」

「もう向かってます。お母さんはおいくつですか?」

「正確な歳は分かりませんが70歳前後だと思います。」

「持病はありますか?」

「母の所へ向かいたいので、救急隊員の方に伝えても良いですか?!」

「分かりました。ではお母様のご自宅に向かってますので、そちらでお待ち下さい。」

腰が痛い!足の甲の感覚が無い!下半身が冷たい!

急に腰に激痛が走っているのですが、そんな暇が無く、本当に自分がパニック状態になっていました。

歩ける距離なので、出来るだけ早く歩きました。

雪の量が凄い、だから弟は雪かきしていたのか。

家の前に着くと弟がいない。まだ救急車もいない。とにかく部屋に入ろう。

玄関を開け、

「おい!大丈夫か?!」

玄関に鍵はかかってなかったので、家の中を覗き込むと、居間のドアが空き、

「えー!なにこれ!俺どうすればいいの?!マジでパニックなんだけど!」

弟がメチャクチャテンパってます。ちょうど雪かきから戻った所だったみたいです。

?!?!

居間の床が見えたんですが、血溜まりが出来ています!

殺人現場の様な出血です!

やっぱりヤバいケガだった。。。

「母さん意識あんの?!」

「話は出来るけど、何をどうすれば、」
弟が戸惑っています。

「とりあえず救急車は呼んだから、母さんの側にいて!横に出来るなら横にして!俺外で救急車待つから!」

自分は逃げてしまいました。。。最低な人間です。あの血の量は尋常ではない傷になっている。明らかに酷い傷だというのが分かったので、怖くて見れなかったのです!T^T

弟はもう母を見ている。むしろ足元が血溜まり。

弟に任せよう。

近所の人が何人か寄って来ました。

なしたの?
大丈夫?

「は、母が転んで頭から血が出ていて、今救急車を呼びました!」

あらそう。
意識はあるの?

「弟に任せていて自分は見てません!」

まだ自分は現実の事と受け止められておらず、このまま母が亡くなる可能性すら考えてました。

もしかして頭に何か突き刺さったままになってるんじゃないか?

もしかして、脳みそ出たりしてるんじゃないか?

怖くて見に行けない。

パニックMAXです!T^T

自分は父に電話をしました。

「もしもしー。」

父が電話に出ました。

「もしもし!父さん!母さんが倒れて頭から血が出てて、今救急車呼んだ!」

父と母は離婚していて、離れて暮らしています。戸籍的には他人ですが、余りにも不安で電話をしてしまいました。

「は?!母さんどんな具合なのよ?!」

「ごめん、俺怖くて見れなくて、本当にごめん。俺は救急車待ってる。」

「何やってんのよおめぇ!!!お前長男だろうが!テメェがそんな情けねぇから母さんケガしたんじゃねーのか?!今すぐ行って確認して、もう一回電話してこい!わかったな!」

プープー。

見に行くしか無い。

まだ救急車は来ていないので、部屋に入る事にしました。

「大丈夫か?!」

弟が床を拭いている。

その奥の母を見ると、顔面蒼白に左目の上の額をタオルで押さえて座っている母いました。

「ちょっと大丈夫なの?!」

自分は母に声を掛けました。

床に座って意識はありますが、押さえている頭のタオルは真っ赤。しかも、その下の目はボクサーの様にマブタがボッコリ腫れてます!左目が少し右目より低く見えます。

「大丈夫。ごめんね。救急車来た?」

力はありませんが、喋れる様子の母。

会話は普通に出来る様で、ジャンパーも着て救急車に乗る準備を弟としたみたいです。

しかし、床が血だらけ!目眩がしました。

「外で救急車待ってるからーー!」

そう叫び、また自分は外で救急車を待つ事にしました。

雪が降っていたせいなのか救急車が遅く、10分後くらいに着き、弟と母は病院に行きました。

父にも無事救急車に乗った事を伝えました。


【救急病院から帰ってきた後】

1人で母親と弟を待っていました。

母の家で待っていたので、4匹の猫はいました。

しかし、いつもと様子が違うせいか、母猫のチロリン意外は押し入れに隠れて姿を見せない。

珍しくチロリンは、自分がアグラをかいている上に乗って来ました

僕が不安な気持ちになっているのが分かったのかも知れません。

2時間程して母と弟が帰って来ました。

額が骨が見える程に割れていた。
それを縫って帰って来た様です。


頭に血が溜まるよりは切れて血が出たほうが良かったと言われたみたいです。

とは言え、床の血は凄い量でした。

頭に包帯を巻いた母さんも、どうやらいつも通り。タバコを吸い出しました。

タバコ?!
やめろって!


と、思ったのですが、母の手も震えておりずっと緊張していた事を考えると、今はタバコを吸った方が良いと逆に思ってしまいました。

とにかくひと段落しました。

そして自分は、複数の問題を抱えた事に気付きました。

弟は近々に引っ越し予定。遠くに家を建てました。

何で母さんは行かないの?

と思っても聞けませんでした。

このまま行くと、

自分→1人暮らし
父親→1人暮らし
母親→1人暮らし

自分は今心身にダメージを受け、突然身体が動かなくなり休業中。

あまりに職場を離れすぎました。仕事内容は次々変化していきます。

こんなパニックが起こると余計に、症状が悪化します。

身体の至る所が痙攣し、呼吸もたまに不安定になります。

自分はどこまで行けるか分かりませんが、今はもう未来が見えなくなってしまいましたT^T

何てこったい!


【後日談】

本日は3月14日。

3月に入ってすぐ抜糸し、母は何事も無く元気です^_^;

~~~~~~~~~~~~

と、ここまでを記事に書き、小学生のエピソードを書いて記事を出す予定だったのですが、

3月14日の記事がひと段落した後に父から、

「祖母が亡くなった。」

と連絡が来ました。

「今まで実家を放置した皺寄せが一気に来ている。」

自分は21歳頃に両親と喧嘩をして実家を飛び出しました。

もう、縁を切ったつもりで友達の家に転がり込みました。

子供の時から父と母の仲裁に入る日々。もう本当に嫌でした。

それを弟に丸投げし、悠々自適な生活を満喫していたのですが、7年〜8年くらいで実家が恋しくなり少しだけ実家に行くようになりました。

しかし、父と母のイザコザは続いており、弟が限界を迎え、結局母と弟が出て行く形で離婚をしたようです。


【ちょっと話は変わって、川崎市議会議員の浅野さんと活動しているsioちゃんの話】

いつも勝手にsioさんの事を記事にして、本当に申し訳ございません。m(__)m

また少し悲しいツイートをしておりました。
スクリーンショットですいません。

「自分が死んで居なくならないと、自分がどんな気持ちなのか親には伝わらない。」

この気持ちがちょっとわかる気がするんです。  

「生きている事は素晴らしい!」

と言いますが、自分は家族や親戚に望まれず生まれ、存在しなければ父と母が何十年も一緒にいて喧嘩する必要は無かったと思います。

しかし自分からすると、

「じゃあ、無理して産むなよ!」

という気持ちに押しつぶされそうな時がありました。

そして、その不満が頂点に達し、仕事も人間関係も全てが上手くいかなくなった時、

全然知らない地域の雪山に登って、自分は斜面を転がり落ちました。

そしてそのまま眠ろうと思いました。

雪の中で眠ると目が覚めないと思っていたので、そう望みました。

自分が辛かったのもありますが、自分が辛い人生を歩んできた事を親に気付かせたいという気持ちも、かなりあったと思います。

今はもう、そんな気持ちは吹っ飛びました。

親を看取ってあげるつもりでいます。

しかし、それが正解だとも思いませんし、大人の対応だとも思いません。

たまたまそうしようと思っただけです。

なのでsioちゃんの言っている事が子供だとも思いませんし、自分がキツかった時の気持ちが甦ります。

けど、救える言葉は思い浮かびません。

ただ見届けるだけ。

それしか自分には思い浮かびません。

そもそも自分は何も求められていない。なのに首を突っ込みデリカシーが無いと、簡単に人に嫌われて生きてきております。

なんかちょっと重たい話をしてしまいましたが、

「自分は弱くデリカシーがない!」

なので、強くてデリカシーのある人ならsioちゃんを勇気付ける言葉が浮かぶのかな〜?と、

余計なお世話を考えておりました^_^;

という訳で今回は以上です!

長々とお付き合いいただき誠にありがとうございました!

ではまた、次回の記事で♪

(๑╹ω╹๑ )ピロロ〜ン!

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