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風何(ふうか)
2024年4月26日 19:13
※ 出ていってやるという母の言葉を僕は今まで何度聞いてきただろうか。だいたい夜中十時ごろ、母の金切り声が聞こえてくる。ただ黙りこくってしかめ面をしつつも、ずっと日経新聞から目を離さずにいる父に向かって、母はいつも吐き捨てるように、その少ない語彙で罵声を浴びせていた。いつだって母はその瞬間、本気で父を陥れようとしていた。全力で父を傷つけようとしていた。そうして、
2023年7月30日 08:53
※ その日はきっと、みんな月を見ていたのだと思う。 たった半年前のことなのに、その瞬間どうしてぼくがそこにいたのかは思い出せない。けれどもそれはなんの変哲もない、涼風がよく吹く夏の夜のことで、気付いたときには、あの空き地にひとりで立っていたのだ。通学路を少し逸れた場所にある寂れた空き地で、学校帰りにぼくはよくひとりでそこに行っていた。そしてそこで何の意味もなく、頭上に広
2022年12月17日 22:33
何の変哲もない街灯さえも、夜にはやわらかく、そして優しく見える。空にうずまる星も、白く透き通るみたいな三日月も、よくよく見てみると、どれひとつとして煌びやかなものなんかじゃなく、ぜんぶがぜんぶ、もとあった輪郭を失くしたように、ぼんやりそこに佇んでいる。遥か昔、絵を描く時間に、クラスメイト数十人の集合写真を模した絵を書こうとしたとき、そこにいるひとたちがぜんぶ同じに見えたのを思い出した。絵具の黒に
2022年7月21日 19:55
※ ふと窓の外を見てみると、激しく地面を打つように雨が降っていて、灰色の雲が目に見えるくらいの速さで流れている。わたしはもっと間近で降りしきる雨を見たいと思って、窓を開け、ベランダに出る。けれどもわたしが実際ベランダに足を踏み入れると、降り始めたときと同じくらい唐突に雨は止んでしまって、ただ雨の匂いだけが辺りに漂っていた。わたしはほとんど呆然としたまま、いつの間にか綺麗に赤く映え
2022年6月12日 00:20
小さな頃、夢を見るのが怖かった。眼を閉じて、夢の世界に入って、そのなかではきっと会いたくない人に会うんだろうだとか、得体のしれない何かに襲われるんだろうだとか、そんなことを想像し始めると、幼い頃のわたしの目はたちまち冴えてきてしまうのだった。そのせいでいつだって夜が長く感じた。外で鳴く虫の声や、路上を走る車の音ばかりが耳に残った。ベランダの外から見える街灯のオレンジばかりが目に映った。そうして眠