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大好きだった職場を去ろうと決めたわけ



薬剤師の退職理由で最も多いのは人間関係だと聞いた。
私には無縁のことだと思ってた・・・


私は自分の職場が心から好きだった。
経験7〜16年の中堅が集まりチームを組んでから早6年。
何も言わなくても 皆がお互いの動きを見ながら
今自分が何をすべきか判断して動ける最高のチームだった。
人間関係も非常に良く
休みの日にも集まってランチや飲み会で盛り上がった。
ときには病院のナースや受付さんも加わるくらい
薬局内だけでなく病院スタッフとも良好な関係を築いていた。
皆が同じ方向を向いていた。
患者さんを第一に考えて動く素晴らしい医療現場で
この職場で働けることは私にとって何にも代えがたい宝物だった。

一つだけ不満があるとしたらそれは人員不足ということ。
実は私達のチームには正社員がいなかった。
もともと7名在籍していたが、正社員2名が立て続けに退職してしまい
子どもをもつ非常勤5名で勤務せざるを得なかった。
ギリギリの状態でシフトが組まれていたため
子どもが病気をしても欠勤が認められず
親戚を亡くしたスタッフも、葬儀のために帰省することさえ
許可されなかった。
それでも私達はお互いを励まし合いながら
なんとか乗り越えてきた。


風向きが変わったのは 人員不足から半年経った頃・・・
薬局長(正社員)が投入されることになった。

「こんなに仲の良い職場は見たことがありません。皆さんだったら誰とでもうまくやれますよね?」
「みなさんベテランだから、正社員なら誰でもいいですよね?」

そんなマネージャーの言葉に若干の引っ掛かりを感じながらも
私たちは休みが取れないこの状況から開放されることを
手放しで喜んだ。


マネージャーの言葉から2ヶ月後
新しい薬局長がきたのは8月のことだった。


黒縁メガネをかけた 20代の小柄な男性だった。

人と目を合わせることができず、常に斜め下を見ながら淡々と話す人だったが、品が良く礼儀正しかったためつい安心してしまった。

でもそれは間違いだった。
このあと私たちはマネージャーの言葉の意味を思い知ることとなる。


彼には少し特性があった。

コミュニケーションを取るのに苦戦している様子が見て取れた。
患者さんから「あの人はちょっと・・・」というご指摘が挙がるようになった。

臨機応変に動く私たちをみて、彼はパニックを起こした。

臨機応変が禁止になった。

どれだけ効率が落ちようと、彼の決めたルール通りに動くことが義務付けられた。

患者さんをお待たせする時間が明らかに長くなってしまった。

それでも彼のミスは絶えなかった。

私の仕事にクレーム対応が加わった。




以前に比べて休みは取れるようになったけど
皆のリズムが噛み合わず働きにくくなった。

いつの間にか私たちは、患者さんの様子より
彼の動向ばかり気にするようになってしまっていた。


このやり方ではやはりダメだ、とチームの一人が問題提起した。


「僕のやり方が嫌なら辞めてもらっていいですよ、募集すれば人はいくらでも来ますから」
棒読みのような彼の言葉からは 何の感情も感じ取れなかった。

彼に悪気がないのはみんなわかってる。

だけど彼女は辞めてしまった。


ここからチームの崩壊は早かった・・・


新しく異動してきたスタッフは完璧主義の子で、初日から薬局長を大声で叱責し 私たちを驚かせた。


彼女の主張は正論だ。
だけど、私たちが対峙しているのは正論で解決する問題ではない。

予想通り、薬局長はパニックを起こした。

これが連日続いた。
彼女の暴走は止められなかった。
彼女の怒りの矛先は、彼女をなだめようとする私たちにも向けられた。
金切り声が響く薬局に、患者さんの怪訝な視線が痛かった。

薬局長は不安定になり余計にミスを連発するようになった。


皆が疲弊した。

チームからまた1人辞め、さらにまた1人辞めた。


残されたチームのメンバーはたった2人になってしまった。。。
私たちは顔を見合わせて
「・・・解散?」
「・・・ですね」
力なく笑うしかできなかった。



あろうことか暴走彼女も異動を希望し出ていった。


そこからは来る人来る人 皆 数ヶ月で辞めていく。
皆がバラバラの方向を向いていた。

患者さんからも病院からも
「薬局の雰囲気変わっちゃったね」と言われるようになった。


15年以上勤めて築き上げてきた患者さんや病院との信頼関係が
たった2年で音を立てて崩れ落ちてしまった。


もう私には立て直せない。
むしろこの2年、なんとか元の状態に戻したいと もがくことに必死になり過ぎて
私は患者さんをちゃんと見れていなかったのではないか、
病院さんとコミュニケーションをとることもすっかり忘れてしまっていたではないかと自己嫌悪に陥った。

私は守りたかったものを守ることができなかった。

「ごめんなさい、ギブアップです。
 私もやっと諦める決心がつきました」

私の言葉にマネージャーは慌てた。

薬局長を他の店舗に異動させるから残ってほしいと懇願された。

私はそんな話をしているのではない。

私の大切なチーム、そして信頼関係は既に失われてしまったのだ。
私の心もとうに折れていた。
ここから立て直す自信も気力もなかった。
力及ばず。
ただそれだけのこと。
これは私の敗北だ。



2020年6月、私は 輝きを失った宝物を手放した。






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