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クッキーはいかが?

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1200文字以下のエッセイ集。クッキーをつまむような気軽さで、かじっているうちに終わってしまう、短めの物語たち
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#家事

食器も洗えない夜もある

とりあえず起き上がって、お茶を淹れることにした。 お湯を沸かすついでに、コップを洗う。 これは、さっき洗うことができなかった食器たちだ。 * 食器も洗えない夜もある。 洗うべきは、一人分のお茶碗とお皿、お椀とコップくらいなのに、ジャアアアッと水を流して、ソファーに回れ右してしまう。 ダメだなぁ、と思う。 仕方ないなぁ、と思いながらも 食器も洗えない夜もあるのだ、と思う。 食器なんて、3分もあれば洗えるのに。 3分だけ、流しの前に立てないなんてこと、なかなか有り得ない

とりあえず、ついでに。完璧じゃなくても

とりあえず、起き上がることにした。 だるいけど、眠くもなかった。 なにもしたくないと思ったけどそれだけで 片付けたいことから逃げることにも飽きたから とりあえず でもやっぱり 何をするにも面倒だから、消去法でシャワーを浴びることにした。 頭を使わなくていい、というのがよかった。 あと、これが最後に残ると面倒。というのもある シャワーが先に片付いていると、なにより気がらくなの。 なんでだろう。 だからついでに、ネイルを落とすことにした。 そろそろ落としたい頃だけれど 落とし

コゴトをオオゴト

なんだか、すぐオオゴトにしちゃうね。 後回しにするたびに、コトはどんどん大きく膨らんで 手を付けられなくなってしまう。 という、錯覚。 * ありがとう、と思いながらぐっと唇を噛んだのは去年のことだった。 お見舞いに送られてきた入浴剤。 お風呂に入るのがいいよ、なんてやさしい言葉じゃなくて 「ずっとお風呂に浸かっていたい」っていうのが、彼女らしかった。 * お風呂に入る習慣があまりない。 シャワーでよくないか?と思う。 「シャワーじゃあったまらなくない?」って言われ

洗濯機とわたし

やる気が起きないな〜と思うことがある。 よくある。 だいたいそうだ。 多くのことは「あとでいい」と思う。 いまやらなきゃ死ぬことなんてほとんどない。 そして、眠ることより好きなことだってないかもしれない。 もう少しだけ、うとうとしよう… それでも起き上がってみて、おなかも空いていなくて 「やっておきたいこと」はいくつかあって でも、まだ大丈夫。 もう少し。 「あとでいい」というささやきは、甘いなんてもんじゃない。 もう、ガッと、グッと わたしの腕を掴んで、陽気に歌ってい

わたしじゃなくても、世界は回る

いまより冬が、深くなる前の頃。 そろそろだな、と思っていた。 毛布。 出さなくちゃ。 クローゼットを開けて、 圧縮袋から引っ張り出して 外に干して それだけなのに、なんだかうまくできなかった。 まだ、大丈夫だし。と思っていた。 強がりではなくて、ほんとうに。 冬用のパジャマに替えてから、ずいぶん経つ。 なんとなく、家族の分もパジャマの用意をしたりしていた。 別に、わたしがやらなきゃいけない、ってわけじゃないんだけど。 なんとなく、親切にしてしまう。 わたしはまだ大丈

ぽんぽこポンプ

「これ、なに?」 友達の部屋。 問い掛けたあの日のことを、いまでもよく覚えている。 ダンボールの中に、見掛けない形状のボトルがみっつ。 これはね、と彼女は語り始めた。 「押すと洗剤が出てくるやつ」 食器用洗剤用で、 食器洗いのときに、ボトルを傾ける必要がない。 スポンジで押せばいいだけ。 そうしたら、スポンジに洗剤がつくんだって。 なるほど。 それはなんだか便利そうだ。 便利そうだ、とは思うけど、あんまりイメージが湧かない。 わたしはさっそく、勝手知ったるこの家の洗

日常

物事の陰のようなものは、音沙汰もなく近づき、次第に濃くなり、連鎖してゆく。 そのことに、わたしはもう気づいている。 何かよくない匂いを感じ取ると、部屋が散らかってゆく。 床にものが増えて、テーブルの隙間がなくなる。 洗い物も残されがち、 洗剤がなくなるのにも気づかない。 不思議だ。 最初の一手には、そんな匂いはなかったのに。 「あとにしよう」と、ずいぶんほがらかな気持ちだったし 「これは大事だからとっておこう」なんて、浮かれていたような気もする。 それなのに、 いつのま

明日へのギフト

「今日は家事、サボります」 頭を下げている絵文字と一緒に、メッセージを送る。 きっと相手は、何をサボっているかですら気づかないことに、わたしは気づいている。 部屋の掃除をしなくたって、花の水を替えなくたって、目に見えるものじゃない。 シンクに置きっぱなしのお皿を見て、「これのことね」と思うかもしれない。 わたしは、わたしを許すためにメッセージを送っている。 「むりをしなくていいよ」と言われているし、休んだってべつになんてことはない。 ただ、わたしのため。 「よし、お風呂入

不確かな夜

ひとの形を、うまく保てない。 そんな夜は、かならず訪れる。 何度遠ざけても、かならず 慣れ親しんだ友のように肩を叩かれて、気づいた頃には背中から抱きしめられている。わたしは、動けない。 くらやみにぎゅっと呑まれて、形をなくしてゆくようだった。 眠ってしまうのもよい。 眠れるならば、それがいちばんよいのだと思う。 でも、眠りからも遠ざかってしまう夜には 当たり前のことを、少しずつするようにしている。 かんぺきじゃなくていい、半分だけ部屋の掃除をしてみる。 少しでもいいから、

満たされている、ということ

「あ、」と思う。 なくなる、と。 会社で、家で、 そういう場面に出くわす機会は、少なくない。 トイレットペーパーが、ハンドソープが、アルコール消毒が、なくなってゆく。 わたしは、静かに予備を用意したり、詰め替えたりする。 * 満たされている、というのが好きなのだと思う。 * いつからか、そうなった。 初めての同居が、きっかけだったかもしれない。 食料品は相手が、生活用品はわたしが買うようになって。 そのときのわたしは怪我でずたぼろで、やることもなければできること

エコバッグを畳むことでもいい

朝起きて、折り畳み傘をたたむ。 今年は、そういう日が多い気がする。 雨に濡れた折り畳み傘は、晴れているあいだに日傘になって乾いてゆくのを繰り返していたような気がするのに、最近は濡れてばっかりだ。 だから、家の中できちんと干す。 床が濡れるのは気にしない。 あとで拭けばいいだけだって、もう気づいている。 ふと、数日前のメモのことを思い出す。 前に進むって、エコバッグを畳むことでもいい ずいぶん、まぬけで前向きな言葉だな、と思う。 まぬけさと前向きさって、似ているのかもし

ふまじめな幸福

よし、やってみよう。と思った。 なぜそんなふうに思ったのか、あんまり覚えていない。 眠たかったことだけ、覚えている。 眠いし、細かいことはやりたくないし ああ、そうだ。洗濯機を回したんだ。 そのあいだに眠ってしまったらよくない。 だから、「暇つぶし」のひとつとして、取り組むことにした。 わたしは部屋の中でいくつか、「物を積んでいい場所」を決めている。 基本的に「物を積みたいタイプ」で片付けが苦手なことはわかっている。 そんなわたしでも、あんまり部屋が散らかっていると自

とりあえず、キッチンを攻め落とす

(いま、ベッドに飛び込んだら、どれほどしあわせだろうか…) 感情が、よぎった。 * 帰ってすぐバスルームに駆け込んだのが、まずえらい。 最近の目標は「帰宅後、すぐにお風呂に入る」なんだけど、達成率は50%くらいだと思う。 帰宅後のわたしは、だいたい意識を失っている。動かなくなる。 だから今日は、もう100点なんだ。もういいじゃないか。 ベッドが、わたしを呼んでいる。 現実世界の視界では、シンクの洗い物が映っている。 洗ったお皿もそのまま置きっぱなし。 洗い物をするに

わたしの日々

今日はもういいかな〜 なんて、思う。 ときどき、思う。 うそ。 ときどき、じゃないかもしれない。 ソファーに沈み込む。 たぶん、このソファーは150センチ。 148センチのわたしを、すっぽりと守ってくれる。 もういいかなあ。 なんて思いながら、ごろごろとスマホを握る。 * しばらくすると、気が済むのが不思議だ。 たぶん、「日課」がわたしを守ってくれている。 どうせ起きて、パソコンの前に座る時間が訪れるんだから。 うん、立ち上がってみようか。 なーんて、言うけれど