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食器も洗えない夜もある
とりあえず起き上がって、お茶を淹れることにした。
お湯を沸かすついでに、コップを洗う。
これは、さっき洗うことができなかった食器たちだ。
*
食器も洗えない夜もある。
洗うべきは、一人分のお茶碗とお皿、お椀とコップくらいなのに、ジャアアアッと水を流して、ソファーに回れ右してしまう。
ダメだなぁ、と思う。
仕方ないなぁ、と思いながらも
食器も洗えない夜もあるのだ、と思う。
食器なんて、3分もあれば洗えるのに。
3分だけ、流しの前に立てないなんてこと、なかなか有り得ないわけだから
だっていまは夜で、今日はもう出掛けないし
どうせソファーに沈んでも、すぐ眠れるわけではない
それなのに
だめだなァ、と思う。
ダメな、夜がある。
*
お湯を沸かしながら、コップを洗う。
今日の場合は、茶碗とお椀はもう洗ってある。
たい焼きを温めていたついでに、洗い終えたものたち。
そして食後のたい焼きとコーヒーの、お皿とコップがシンクに佇んでいる。
さっきまでできたことが、急にできなくなる。
できないのか、やらないのか
どちらにせよそれは、情けない自分の代名詞のようで
情けなさに向き合うことが面倒になって、洗ってしまうことにする。
そう、お湯を沸かしているついでだし。
ついでっていうのは、なんだか勇ましくて好きだと思う。
たぶん、既にもう、別の理由に許されているからだと思う。
わたしはきっと、許されたいんだと思う。
*
食器も洗えない夜もある。
ピアスを外せない日も、化粧を落とせない日もある。
どれだけ汚いと言われようと、お風呂に入れない日なんてしょっちゅうだ。
それでもいつか、食器を洗う
ピアスを外す
化粧を落とす
風呂にも入る
できるときに、なんとかする。
今日は、コップを洗った。
ついでにパソコンの前に座って、ピアスは外した。
化粧は落とせるかわからない。
風呂はたぶん、明日の朝になる。
少しずつやる。
できることをやる。
いつかはやる。
人生は、「いつか」じゃなくて、今のほうがいいことが、たくさんある。
そっちのほうが健やかで、後悔がなくて、
「今じゃないほうがよかった」っていうのは、神様しか知らなくて
それでも
食器を洗えない夜がある。
ときどき、明るい明日とか、いつかは叶う夢じゃなくって
暗い夜にうんと寄り添って、ぜんぶから目を背けて
深夜とか明け方の静かなキッチンで
もう何が辛くて悲しかったのかもわからくなって
元気かどうかもわからなくて
ときには、何に落ち込んでいたか思い出せなくなったりしちゃって
そういう
眩しさに焼かれちゃうタイプの
親愛なるな迷子たちのために
わたしは今日もしずしずとお茶を淹れて
シンクを睨んだあとに諦める、まぬけな自分の後ろ姿を綴っている。
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