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不確かな夜

ひとの形を、うまく保てない。
そんな夜は、かならず訪れる。
何度遠ざけても、かならず
慣れ親しんだ友のように肩を叩かれて、気づいた頃には背中から抱きしめられている。わたしは、動けない。
くらやみにぎゅっと呑まれて、形をなくしてゆくようだった。

眠ってしまうのもよい。
眠れるならば、それがいちばんよいのだと思う。
でも、眠りからも遠ざかってしまう夜には

当たり前のことを、少しずつするようにしている。
かんぺきじゃなくていい、半分だけ部屋の掃除をしてみる。
少しでもいいから、部屋のゴミをまとめて
えいっと思ったら、少し手を伸ばす。

その夜わたしは、排水口のゴミをまとめたついでに、ゴミを受ける網みたいなのを磨くことにした。
湿気が増えると、どうしてこんなにカビちゃうんだろう。
むかしはすぐに悲しくなったけれど、掃除用の歯ブラシを買ったから。
ゴシゴシと磨く。
ぽろぽろと汚れが落ちてゆくのを見つめるのは、なんだか悪い気がしない。
よいことをしているのだ。と頷く。

そうしているうちに、肩を抱いていたくらやみは、少し遠くに行く。
「おつかれさま」と声を掛ける。
そう、疲れていたんだね。あなたも、わたしも。

もうだいじょうぶだよ。

欠けたネイルを落として、塗り直す。
友達がおすそ分けしてくれたやつは、「かわいい」または「わたしに似合う」魔法がかけられている。
爪先に、息吹を

「来てくれてありがとう」と告げる。
ほんとうは泣き出してしまいたかったことに気づき、抜け出したかったんだろうと思う。
少し汚れた部屋から、欠けたネイルから、呼吸のうまくできないわたしから。

いろんなものが少しずつ整って、「よかったね」とささやいて
くらやみはもう一度だけ、わたしの肩を叩いていった。

それはいつもの、
ふわりとただよう、不確かな夜の話だった。




【photo】 amano yasuhiro
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