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おんなじ星が見えない
赤になったばかりの信号で立ち止まる。
「もう一個手前で待っとけばよかったかな」
「ええやろ、三人おればすぐや、すぐ」
「そうそう、すぐすぐ」
キュウリや大根の入ったエコバッグをぶら下げる父と違い、手ブラな我々は呑気なものだ。
うっすら冷えてくる身体をごまかすように揺れていると、母が「星!」と群青の空を指さした。右側に立つ父も「ほんまや」と見上げる。「一番星、見れたなぁ」と嬉しそうな母に、私は「お
寝室より未来に宛てて
化粧台と聞くと、なんだか古いにおいが漂ってくるのは、祖母の家をイメージするからだろうか。
増築されたキッチンの隣。洋服だんすの隙間を埋めるように配置された化粧台は、いつも幕が下ろされている。そこからレトロな絵柄のミニーの櫛をスッと取って、ヒーターの前に陣取るのが、お風呂上がりの私の常だ。
ドライヤーなんてないから、なかなか乾かない髪を丹念に丹念に梳かし続ける。パジャマが熱に照らされて熱い。寝る支
ハロー、ワーカー。ホットな夏だ
父の用事の後部座席に乗っけてもらって、奈良までドライブしてきた。
車内でカラオケしようと思ってアップルミュージックにたくさんダウンロードしておいたのに、喋ったり歌ったりしていたら呆気なく着いてしまった。大阪と奈良は思いのほか近かった。
奈良公園は昔と変わらず鹿だらけだ。声をかけると「オッ」という顔でこちらを見るが、手ぶらだとわかると興味をなくしたようにうなだれる。
観光客が減ったために鹿せん
日替わりスーパー巡りの旅
暑くてベランダに出られない。
窓を閉めて冷房をかけていると、母がアイロンを滑らせる音とか、浮かべたばかりの氷にヒビが入る音なんかが、耳をとらえる。
夕方5時はまだあんまり暗くない。外の世界の明るさが、部屋に半分くらい影を落としている。
母とふたりの、薄暗くて静かな部屋だ。
以前は尻から根が生えているくらい出不精な人間だったのに、最近はクソ暑いと言いながらも毎日買い物に出かけている。毎日と言った
梅雨は始まったばかり
ベランダから手を出すと、ぽつぽつと水滴が当たった。まあまあの小雨、決行だ。
目指すユニクロはチャリで20分くらい。
自粛期間中に自転車を買い換えた。先代のは小学生からの付き合いだった。サドルを限界まで上げてて、ハンドルが低いから前のめりになって漕いでいた。
新しく買ったのは緑色のママチャリだ。機能性や見た目より値段を重視してしまった。どうせ地元で乗るだけだ、遠目に見て自分のだと分かりやすいやつが
シルバーグレーが風に舞う
五月も下旬。からっとした晴天。
散髪日和だ。
半裸の父と、やる気満々の母を、ベランダに追いやり、私もサンダルをつっかける。
明日休みとったし、散髪行こうかなぁ、と父が言った。洗面所で、私と母が後ろから覗きこむ。伸びた襟足がくるりと尻尾を巻いていた。ふぅむ、そうやね。
「結婚したころは、幸っちゃんによう切ってもらっとったんよ」幸っちゃんとは母のことだ。
母の腕は身をもって知っている。風呂あがり