ハマァ

家族の風景をたまに書きます。いつかここで生きていたことなど忘れてしまうから。

ハマァ

家族の風景をたまに書きます。いつかここで生きていたことなど忘れてしまうから。

最近の記事

おんなじ星が見えない

赤になったばかりの信号で立ち止まる。 「もう一個手前で待っとけばよかったかな」 「ええやろ、三人おればすぐや、すぐ」 「そうそう、すぐすぐ」 キュウリや大根の入ったエコバッグをぶら下げる父と違い、手ブラな我々は呑気なものだ。 うっすら冷えてくる身体をごまかすように揺れていると、母が「星!」と群青の空を指さした。右側に立つ父も「ほんまや」と見上げる。「一番星、見れたなぁ」と嬉しそうな母に、私は「おぉーぅ……」とあいまいにうなずく。 いや、見えへん。 視力悪いくせにコンタクト

    • 死臭かろやかに躱す風

      どうやらこの季節、よそ見をしていては歩けないと気付いたのは、四連休が明けた今朝のことだ。 駅を降りて、ちょっと遠回りだけど他の職員があまり通らない、線路沿いの道に迷わず足を向ける。 オハヨウゴザイマスから歩調を合わせなきゃいけないのが嫌いな性分だ。 日傘を取り出し、さて、今日のマイリスト。 うきうきと流し始めた曲のテンポで大きく一歩踏み出して、その足をあわてて右にずらす。 コンクリの上に、干からびてかりんとう色になったミミズ。 うげっ。 その先にも、乾いてぺしゃん

      • 無重力ホットケーキ

        ホットケーキミックスをワサッ…とこぼした。23歳にもなって、台所の床に。 ビニール袋からボウルに移し替えるだけなのに、なぜ人は照準を誤るのだろう。 そう自問自答しながら、フォークの背中でバナナを潰していたら、見事にフォークを曲げてしまった。 おや、今日はダメな日かもしれないぞ。 だいたい、母に誘われて昼ごはんのニョッキを作っているときだって、小麦粉はこぼすし芋は落とすし熱湯は跳ねるしで、台所をさんざんな目に遭わせたのだ。 今日はやめときゃよかったなぁ、と思いつつも、フ

        • 寝室より未来に宛てて

          化粧台と聞くと、なんだか古いにおいが漂ってくるのは、祖母の家をイメージするからだろうか。 増築されたキッチンの隣。洋服だんすの隙間を埋めるように配置された化粧台は、いつも幕が下ろされている。そこからレトロな絵柄のミニーの櫛をスッと取って、ヒーターの前に陣取るのが、お風呂上がりの私の常だ。 ドライヤーなんてないから、なかなか乾かない髪を丹念に丹念に梳かし続ける。パジャマが熱に照らされて熱い。寝る支度の整った母が横に座って、櫛を代わってくれる。細い櫛の先が後頭部を掻いて、まだま

        おんなじ星が見えない

          雨女のとばっちり

          母は、歯医者の予約の日に限って雨女になる。 「明日は夕方から雨になる模様」との予報に、母が悲鳴をあげた。 8月になってから、大阪は晴れつづきの毎日だった。そろそろ涼しくならんかなぁ、なんて言っていた矢先の雨予報。歓喜する私のとなりで母は「明日歯医者やのに…!」と天を仰いだ。 「言うても予約は午前なんやろ? 降られんって!」 「大丈夫かなぁ。大丈夫よなぁ」 私にとっては他人ごとだ。さすが雨女、バッチリ被せてくるなぁ、とけらけら笑っていた。 予約の10時半はカンカン照りだ

          雨女のとばっちり

          ハロー、ワーカー。ホットな夏だ

          父の用事の後部座席に乗っけてもらって、奈良までドライブしてきた。 車内でカラオケしようと思ってアップルミュージックにたくさんダウンロードしておいたのに、喋ったり歌ったりしていたら呆気なく着いてしまった。大阪と奈良は思いのほか近かった。 奈良公園は昔と変わらず鹿だらけだ。声をかけると「オッ」という顔でこちらを見るが、手ぶらだとわかると興味をなくしたようにうなだれる。 観光客が減ったために鹿せんべいの競争率がすごいことになっているらしい。 父の話だと、屋外で作業している間に

          ハロー、ワーカー。ホットな夏だ

          日替わりスーパー巡りの旅

          暑くてベランダに出られない。 窓を閉めて冷房をかけていると、母がアイロンを滑らせる音とか、浮かべたばかりの氷にヒビが入る音なんかが、耳をとらえる。 夕方5時はまだあんまり暗くない。外の世界の明るさが、部屋に半分くらい影を落としている。 母とふたりの、薄暗くて静かな部屋だ。 以前は尻から根が生えているくらい出不精な人間だったのに、最近はクソ暑いと言いながらも毎日買い物に出かけている。毎日と言ったら毎日だ。今日はどこ行こっか、と私から話を振るくらいだ。 財布は母が握っていて、

          日替わりスーパー巡りの旅

          走る、走る、梅雨。

          母の鼻歌が、Pretenderのサビを無限ループしている。あれって無限ループできる曲か?と耳をすましていると、どうやら「確かなことがあ〜」でワープし、「いや〜いやでも〜〜」に戻ってきている。サビの盛り上がりを殺せるなんて、器用なものだ。 よく聞けば、さらに「辛いけど否めない〜のさ」と端折っている。否めないんかい。諦めがいいな。別の意味で肝の座った男の歌になっている。 私はモヤモヤしながらも、今日もキッチンから流れてくる鼻歌を聞き流せずにいる。 ツイッターで見かけた無限レタス

          走る、走る、梅雨。

          カメムシはまだ居る

          今日の夕空はへんな空だった。 水色の空の下に、うすーい雲が膜みたいに張っていて、もっと下には暗い色の雲が所々浮かんでいる。 白と水色の濃淡の空は、キャンバスの紙の色をいかして塗った水彩画みたいだった。どこまでが本物の空か分からない。距離感のつかめない、へんな雲。 今日はやけにさみしかった。 ひと肌恋しいってのはこれとよく似ている。 何かをさわって、すがって、抱きしめていたいような、抱きしめられたいような、むなしい気持ちだ。 ただ、これは孤独なむなしさだなぁ、と実感して

          カメムシはまだ居る

          梅雨は始まったばかり

          ベランダから手を出すと、ぽつぽつと水滴が当たった。まあまあの小雨、決行だ。 目指すユニクロはチャリで20分くらい。 自粛期間中に自転車を買い換えた。先代のは小学生からの付き合いだった。サドルを限界まで上げてて、ハンドルが低いから前のめりになって漕いでいた。 新しく買ったのは緑色のママチャリだ。機能性や見た目より値段を重視してしまった。どうせ地元で乗るだけだ、遠目に見て自分のだと分かりやすいやつがいい。 名前は帰り道に決めた。ダイちゃん1号2号。先代の自転車を1号とカウント

          梅雨は始まったばかり

          シルバーグレーが風に舞う

          五月も下旬。からっとした晴天。 散髪日和だ。 半裸の父と、やる気満々の母を、ベランダに追いやり、私もサンダルをつっかける。 明日休みとったし、散髪行こうかなぁ、と父が言った。洗面所で、私と母が後ろから覗きこむ。伸びた襟足がくるりと尻尾を巻いていた。ふぅむ、そうやね。 「結婚したころは、幸っちゃんによう切ってもらっとったんよ」幸っちゃんとは母のことだ。 母の腕は身をもって知っている。風呂あがりの濡れた髪を、料理バサミでジョキッ、ジョキッ、とやる。大雑把だし躊躇がない。おい

          シルバーグレーが風に舞う