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ハロー、ワーカー。ホットな夏だ

父の用事の後部座席に乗っけてもらって、奈良までドライブしてきた。

車内でカラオケしようと思ってアップルミュージックにたくさんダウンロードしておいたのに、喋ったり歌ったりしていたら呆気なく着いてしまった。大阪と奈良は思いのほか近かった。


奈良公園は昔と変わらず鹿だらけだ。声をかけると「オッ」という顔でこちらを見るが、手ぶらだとわかると興味をなくしたようにうなだれる。


観光客が減ったために鹿せんべいの競争率がすごいことになっているらしい。
父の話だと、屋外で作業している間に、置きっぱなしにしていたダンボールを鹿にかじられボロボロにされたそうだ。

お腹をすかせた鹿。なんだか哀愁を感じる。

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……いや、結構ふてぶてしい顔をしている。



奈良の空は大阪とぜんぜん違った。

大阪の雲はボンヤリしていて、例えるなら名前を呼ばれているのに遠くのほうをボーッと見ているみたいだ。とにかく覇気がない。なんでお盆なのに仕事してんだろ、ってビルの窓を眺めてるような具合だ。

奈良は気合が違う。
例えるなら、「アーーーッ夏休み!!!」と声高に歌い上げる感じだ。

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晴れわたった青空に、ハッキリクッキリした白い雲。夏のコントラスト。
今日やっと夏を実感した。そう言っても過言じゃないくらい、ドシンと夏を浴びた気分だ。

あと奈良は盆地だからひたすらに暑かった。陽に当たったらドラキュラみたいに溶けちゃうんじゃないかってくらいのキツイ日差しだった。
用事がすむたびに家族三人でひとつの日傘に身体をねじ込み、早足で車に戻った。



お盆休みの真ん中の日なのに、仕事が入った、と残念そうに父が明かした時から、私はこっそり今日を楽しみにしていた。
久しぶりに父の仕事に着いていける。ほとんどドライブと外食目当てだけど、私はワクワクしながら今日を待っていた。何がそんなに楽しみだったのか、今日が終わった今でもよくわからないのだけれど、それでも夏休みを目前にした小学生みたいに、8月11日のことを想っていたのだ。


昔はよく父の仕事に着いていった。学校が休みの日には、京都とか、兵庫とか、近畿圏のちょっとしたお出かけみたいな感覚で、仕事の手伝いをしていた。

手伝いといってもチンケなものだ。荷物を何個か運んだり、いつも父がお世話になっていますと挨拶したり。
それでも訪れた先で父が働いているのを見たり、周りの人から信頼されているのを肌で感じたりすると、いいなぁ、と思った。働くっていいなぁ。働いてる父ってカッコいいなぁ。


自分が歳をとるごとに、父にとって、働くということが大切なことであることを、ちょっとずつ理解していった。
仕事というのはアイデンティティだ。疲れたとか面倒な件を任されたとか、そんな話をすることもあるけれど、父にとって働くことは家族外でも家族内でも役割を得るということで、大きな価値のあることだ。
会社の中での居場所、取引先との関係という自分、稼ぎ口としての家での役割。父はバランスを取るのが上手いから、どこでも自分の役割をバッチリ果たしている。良い勤め人で、良い父親だ。
自分が社会人に近づくほどに、父のすごさを思い知る。



そんな父をすぐにこき使うのが我々母娘だ。
鬼だ。悪魔だ。

先日は汗だくで帰ってきたばかりの父を、シャワー休憩もそこそこに、ツタヤに連れ出した。なんせプレミアム会員の父がいないとDVDを借りられないのだ。父からすれば迷惑極まりない。それでも良いよとチャリを出してくれる。

ワイシャツを着直した父と二人で、エレベーターホールにて母を待っていた時だった。
膝から力が抜けたみたいに、父がガクッとこけそうになった。
おいおい、やっぱ疲れとったんやろ、大丈夫なん、と慌てて声をかけると、ちゃうねん、と父は笑いながら言った。

「帰ってきたと思ったら、なんかホッとして力が抜けてもうただけや」

家族がいるから頑張れる、なんてチープな言葉かもしれない。けれど父にとっての癒やしであり、支えであり、エンジンとなっているものこそ、この家族だ。私はそう自負している。


父にとって負担になるなら、仕事なんて辞めてしまっても良いんじゃないかと、私はこっそり思っている。
けれど父は今日も嬉しそうに仕事先の話をする。
職場の人がくれたお菓子を大切に持って帰ってくれる。
玄関でおかえりと言うと、疲れた顔で、安心したように「ただいま」と言う。

それが父にとって大切なことだと知っている。


明日も朝から現場に呼ばれているらしい。70目前の老体に無理させるんじゃないよ、と思いながらも、それは頼りにされている証拠だと知っているから「頑張れ」と送り出す。

今夜は早めに自室に戻るという父から、おやすみのキスを額に受ける。
明日もみんなが頑張れますように。
家族にとっての小さな祈りの儀式だ。

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