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破天荒でお茶目な、私のおばあちゃん

私の祖母は、破天荒だ。

息子(私の父)が社会人になったとき、家出をしてアメリカへ留学。祖母は当時52歳だった。

帰国してからは、日本初となるシニア向けスポーツを輸入してグループを立ち上げてしまったりして、かなり破天荒な人生を歩んでいる。

かたや私は、大学を卒業した後、一般企業へ就職し、結婚・出産。平々凡々な人生を送っていた。

本当に、あのおばあちゃんの血を受け継いでいるのだろうか?と思ったものだ。(ちなみに祖母は、「おばあちゃん」と呼ばせてくれない。本人の名前をもじって、「〇〇ママ」と呼んでいる。)

・幼いながらに「触れちゃいけない」と感じていたこと

冒頭で、「息子が社会人になったとき、家出して」と書いた。

つまりそれは、私が生まれたときにはすでに、祖父母は別居していた、ということだ。

物心ついたときから、お正月は「おじいちゃんを囲む日」と「おばあちゃんを囲む日」が、別々に設定されていた。

2人の家が別々であることも知っていたけれど、「どうして2人は別々に住んでるの?」とは聞けなかった。

幼いながらに、触れてはいけないと感じていたからだ。

そのまま、触れられないまま、大人になった。

だから、何となく祖母の過去の話やパーソナリティに触れる話は、自分からは聞けなかった。

(祖母はおしゃべりも上手でお茶目な人だから、その話を聞くだけで十分楽しかった、というのもある。)

・「何歳からでも人生は楽しくできる」という姿勢

そんなこんなで、身内から見てもずいぶん破天荒な人生を送っているわけだから、他人様から見たらさぞ珍しいのかもしれない…祖母は過去に、書籍も出版しているのだ。(そんな有名人じゃないけどね。書籍名を聞いたって知らない人がほとんどだと思う)

そんな祖母のことを、若いうちは「すごいなー、元気だなぁ」くらいしか思っていなかったけれど。

今になって、祖母がどんなことに悩み、どう乗り越えてきたのかを、書籍やメディアを通して知ることができるのはありがたい、と感じる。

だって祖母に対して面と向かって聞くのは少し気恥ずかしいし、幼い頃からいろんな質問を飲み込んできたから、もう何から聞いていいのかもわからない、というのが正直な気持ちなのだ。

だけど今日、ふと祖母のことを思い出して(昨日が父の誕生日だったからだろうか?)、彼女が書いた文章を、誰かが書いたインタビュー記事を、読んでいて改めて思うことがあった。

「あ、おんなじだ。」と。

祖母は一貫して、「何歳からでも人生は楽しくできる」という姿勢を貫いている。

私も自分は平々凡々だと思っていた人生から、少しずつ挑戦してくる中で、いつのまにか同じ思いを感じていたのだ。

私の中にもあの破天荒な祖母の血が、脈々と流れているのかもしれないと思うと、なんだってできる気がしてしまう。

ああ、私って単純だなぁ。

・いつの時代も、本当に大切なことは変わらない

祖母は戦争を知っている世代だ。

そして、祖母が私の歳くらいで育児や家事に奔走していた時代に、「女性活躍推進」なんて言葉はタネも仕掛けもなかった。

あの時代ならではの苦労や、生きづらさも、きっとあったに違いない。

そんな時代の中でも祖母は、自分が「楽しそう!やってみたい!」と思う道に飛び込んだのだ。

その葛藤や苦労は、想像してもしきれない。

それに比べて今の時代は、なんて恵まれているんだろう。

とはいえ今だって、また違った種類の苦労や生きづらさがあると思う。

いつの時代も、おんなじだ。

だからきっと、本当に大切なことも、変わらないんじゃないかと思う。

何歳になったって、人生は楽しくできる。

私はこれからも、何歳になったって、自分の人生をもっともっと楽しんでやるんだ。

そして自分の子どもや、もし生まれたらその孫にも、「毎日楽しそうだね」って言われるような、チャーミングなおばあちゃんになるんだ。絶対に。

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