マガジンのカバー画像

17
運営しているクリエイター

記事一覧

【詩】一角獣の婦人

【詩】一角獣の婦人

一角獣の婦人は
宝石で飾られた鏡に向かい
顔の角度を何度も変えながら
微笑みを送り続けている
鏡の中の婦人は真顔のままで
警戒を解こうとしない

婦人が
なだめすかしたり
説得したり
表情を変えたり
語りかけても
鏡の中の婦人はつれない

ついに怒りが湧き上がってくる
お前は私のくせに!
磨き上げられた鋭い角を鏡に向けて突進する
鏡の中の婦人も同じように向かってくる
今まで動きもしなかったのに

もっとみる
【詩】こうもりの家

【詩】こうもりの家

こうもりはいつのまにか家の中にいた
窓の内側に静かにとまっていた
ここは自分の家だと言わんばかりに
しっくりと落ち着いていた

まるで私の方が他人の家にいるような気分だった
だけどここはまぎれもなく私の家だった
こうもりには申し訳ないけれど
家から出ていってもらうことにした

窓を開けて
出ていってと声をかける
こうもりは気づいているのに
聞こえないふりをしている

仕方がないのでそっと手で押し出

もっとみる
【詩】紙袋

【詩】紙袋

お菓子がいっぱいに入った紙袋を
わくわくしながら勢いよく開ける

中身はがらんと空っぽ
底には小さな丸い穴が一つ

穴の向こうから見開かれた眼が
こちらをのぞいている

恐る恐る紙袋の下を確かめる
何もいない

慌てて紙袋を裏返す
何も落ちてこない

そっと紙袋の中をのぞく
こちらをのぞいている

(ココア共和国2022年6月号)

【詩】しっぽを出す

【詩】しっぽを出す

尻に付くしっぽは罪の印
だけどそれは誇りでもある
だから周りに誰もいないときは
しっぽを外に思いっきり出して
内なる獣を放ってやる

(ココア共和国2022年2月号電子版)

【詩】肉体を空へ

【詩】肉体を空へ

 思い切って肉体を空へ放り出すんですよ。迷ったり、怖がったりしたらだめなんです。気負ったり、焦りすぎてもだめなんです。何も考えずにただ放り出すんです。そうすれば自然と肉体は浮かび上がっていって、そのまま落ちてきません。気がついたらもう空に浮かんだままでいるんです。
 浮かんだ肉体はどうなるかって?  すぐにばらばらになって、あちらこちらへ飛び散っていきます。頭は頭の行きたい方へ。手は手の行きたい方

もっとみる
【詩】太陽の味

【詩】太陽の味

今日はまれに見る良い天気
こんな日はどこまでも飛び上がって
そのまま太陽に墜落しましょう
そうしたらその端をそっとかじってみたら?
よく味わってから飲み込んで
地球に帰ってきたら
太陽の味を教えてください
私は熱いのが苦手なので

(ココア共和国2021年6月号電子版)

【詩】蛇と紐とあなた

【詩】蛇と紐とあなた

蛇は右から入ってくる
あなたは動けないまま
蛇は左へと去っていく

紐は左から入ってくる
あなたは動けないまま
紐は右へと去っていく

目の前には何もいない
あなたは動けないまま
もう何も入ってこない

(ココア共和国2022年4月号電子版)

【詩】底

【詩】底

飛び込んだプールには底がなかった
だからどこまでも潜っていけた

だけど水には底があった
だから底を突き抜けられた

突き抜けた先は空だった
だからもう底に悩む必要はなかった

(ココア共和国2021年5月号電子版)

【詩】しっぽ

【詩】しっぽ

トカゲのしっぽは切るとまた生えてくる
ワニのしっぽは切るともう生えてこない
ヘビのしっぽは切るとしっぽもヘビになる
リュウのしっぽは切るとリュウごと消えてしまう

(ココア共和国2021年2月号電子版)

【詩】クローゼット

【詩】クローゼット

クローゼットの中には
喜び、憧れ、懐かしさ、悔い、恥ずかしさ、悔しさ、苦しみ、怒り、悲しみ・・・・・・

扉を開けるまで忘れていた
こいつらはまとまって襲ってくる

たじろいで扉を閉めてしまうと
安全で退屈な日常に元通り

(ココア共和国2021年7月号電子版)

【詩】放り投げられた私は

【詩】放り投げられた私は

放り投げられた私は
なめらかな放物線を描いて
尖りすぎた山の頂上に
突き刺さった

こいつはいい眺め

(ココア共和国2020年12月号)

【詩】馬の訪問

【詩】馬の訪問

馬は窓の端から顔を出して
こちらをじっと見つめていた
私がその視線に気がつくのを
ずいぶん前から待っていたようだった

私の目と馬の目が一瞬合った
馬が何を考えているのか読み取ろうとしたが
暗く沈んだ茶色の瞳は
私に何も教えてくれなかった

馬は私が気がついたことを確認すると
静かに窓枠の外へ去っていった
慌てて窓に駆け寄り外を見渡すと
馬の姿はもうどこにもなかった

見えたのは馬の顔だけだった

もっとみる
【詩】本物の鮭

【詩】本物の鮭

本物の鮭は
釣り上げられた瞬間
準備しておいた偽物の鮭と入れ替わる

こいつはでかいぞと騒ぎながら
抱えて写真を撮っているときにはもう
本物は川の底へと逃げている

偽物の鮭は精巧な造りで
見た目はもちろん
食べても本物の鮭のよう

皆が偽物を本物だと思い込んでいるが
本物の鮭は川の底の暗がりで
次の獲物を待っている

(ココア共和国2021年3月号)

【詩】鼻は銃

【詩】鼻は銃

巨大な象の沈んだ目は
遥か遠くの一点をじっと見つめている
垂れ下がっていた長い鼻が
ゆっくりとひとりでに持ち上がり
ついには地面と水平になり静止する

先まで皺の刻み込まれた
長く真っ直ぐに伸びる鼻は
どこまでも撃ち通す銃
根元を膨らまし狙いを定め
目には見えない弾丸を放つ

発射された透明な弾丸は
知覚できない猛烈な速さで
空気を裂いて一直線に飛んでいき
買い物帰りのあなたの頭に
深く確実に突き

もっとみる