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小説|メルクリウスのデジタル庁の年末 第9話 水星編


「サラさん、忙しいところごめんね。千佳をほんの一瞬借りてもいいかしら?3次元のフォルダーの扱いに詳しい人の手を借りたくて」

カジミアさんの声がテレパシーで聞こえた。これはおかしい。

通常テレパシーは、語り掛けている人以外には聞こえないはずなのだが、サラさんへのテレパシーが私にも聞こえている。

「いつもならケビンにお願いをしていることなんだけど、まだ休憩から戻ってきていないようだし・・・テラの3次元とプルートの6次元に詳しい千佳なら、できるのではないかと思って」

その時、私は申請済の魂のフォルダーの処理を終え、引き続き司書室や各情報館からの要請にこたえながら、魂のフォルダーの調整を行っていた。

「千佳、今のカジミアの話、聞こえましたね?」サラさんが言う。

「ほんの一瞬ですって。手が離せそうだったら、ヘルプに回ってくれる?」

プルートという惑星の名前を聞いて、私は心の中で小躍りをした。うちのチームでは案件が少ないものの、プルートのバイブレーションなら自信をもってできる。先ほどのウィーヌスと同じ6次元の話になるだろう。

同じ6次元の世界でも、ウィーヌスとプルートのバイブレーションは少しニュアンスが違う。華やかできらめきのある雰囲気のウィーヌスと、穏やかほっこりとした癒しの雰囲気のあるプルートでは、次元は同じであれ、魂のフォルダーのバイブレーションは少し趣が異なっていた。

「サラさん、やらせてください!」私は元気よく返事をする。

カジミアさんに連れられて、私はメルクリウス・チームのデスクの島へ行った。

庁のあるメルクリウス星を担当するのが、このカジミアさんを筆頭としたメルクリウス・チーム。コミュニケーションの星の住人らしく、おしゃべりをして、時には笑いながら仕事をするのが普通だ。カジミアさんはおしゃべりだが、理路整然とした考えの持ち主。こちらが何か質問した時は、いつも的を得たわかりやすい説明をしてくれる。おしゃれ好きな人たちで、チームのデスク周りはコバルトブルーやターコイズ色でまとめている。

カジミアさんはいつもと変わらず、今日もお洒落だった。濃い赤の大柄の花模様のスカイブルーのドレスとそろいのターバンを頭に巻き、ハイヒールとリップとネイルは深紅。カジミアさんの黒い肌にとても似合っている。指を飾っているのはアクアマリンの指輪だろうか。

トリスメギストスさんはターコイズ色とマリンブルー色に染めたゆるやかな外衣をまとい、足はサンダル履き。

横にいるジョイさんはやはりターコイズブルーのゆったりとした服に、緑と青の縞模様の帽子を被っている。虹色のサングラスをかけ、コーンローに編み込んだ髪の先端は緑とオレンジのビーズで留めてあった。ジョイさんの浅黒い肌にはとても似合っていた。

おしゃべりなメルクリウス・チームは、相変わらず作業の手を止めることなく話に余念がない。

「やあ、待ってたよ。さっきから皆であれこれ解決方法を探っていたんだけれど、どうにも解決しなくてね」

「トリスメギストスさん、本当だったらあなたが一番解決できそうなものじゃないですか。あんなに何回もテラに転生していたのに」ジョイさんが茶化した。

「そうはいってもなあ、ジョイ。今じゃすっかりメルクリウスの人間になってしまって、3次元にすっかり疎くなってしまったよ。」

「テラでは未だにトリスメギストスさんの名前を知っている人達がいるっていうじゃないですか!有名人なのに、テラの人達をがっかりさせちゃいますよ? 錬金術の守護神とか言われてたくせに。中庭のエメラルド・タブレットだって・・・」ジョイさんはあきらめない。

「あれは内緒!若気の至りだったんだ、それでもテラではちゃんとエメラルドの石板をつかってタブレットを再現したんだよ?努力はしたんだからねっ」トリスメギストスさんはそう言って大笑いをした。

「中庭のタブレットの注意書き、未だに我々が使うタブレットにも記載されてますもんね。あの時すでに地上からマザーコンピューターにつながることができたんでしょ?3次元から8次元まで上がってきて、よく情報を持ち帰れましたよね。ぶっちゃけ4次元からでも難しい事なのに。俺だったら無理ですね。しかも苔むした石をエメラルドって呼ぶって・・・テラではすっかり伝説になってるっていうじゃないですか!本まで書いたくせに。」

「ジョイ、その辺で勘弁してくれ。」トリスメギストスさんは少し恥ずかしそうに笑った。

「はいはい、二人ともその辺でおしゃべりは一旦終わりにしましょう。続きはまた後で。千佳が永久にヘルプに入れないわ。」カジミアさんがにこやかに諭した。

私はトリスメギストスさんのタブレットを渡された。

「このフォルダーなんだけど、3次元のフォルダー部分が破損してしまっているんだ。修復を試みたんだが、どうやっても反応がない。他の次元のフォルダーもあるが、まずは3次元のをどうにかしないといけないというのが我々の意見でね。」トリスメギストスさんが説明する。

フォルダーをよく見てみる。バイブレーションの調整をまだしていないこのフォルダーは、一見3次元と4次元、それに6次元にそれぞれフォルダーが作成されている。

3次元のフォルダーには確かに破損があった。私は椅子をかりて腰をすえ、タブレットにアクセスし、3次元のフォルダーの修復を試みた。フォルダーの一部が繊維化してしまい、ほつれがひどい。一旦物質化したフォルダーを一旦原子レベルまで分解し、そこから再度フォルダーの構築を試みた。しかし、やはりほつれは治らない。これでは中の記録に影響が出ているか調べようがない。

その他の次元のフォルダーも確認してみた所、やはり似たようなほつれが見つかった。今までこのままで放置されていたのだろうか。

もしかして。

一瞬、私の脳裏をある予感がよぎった。これはかなり稀な魂なのではないだろうか。

「カジミアさん、この魂の経歴を見てもよろしいでしょうか?」
私は許可を求めた。

魂の経歴とは、魂が転生を繰り返してきた記録の事だ。ある魂の記録をマザーコンピューターで検索すると、その魂が転生した回数分のフォルダーの一覧がスクリーンに表示される。転生回数が多い人ほどフォルダーの数が多い。1万回以上も転生の経験がある人の場合は、高速スクロールをしないと最初の記録までたどり着けないくらいだ。

カジミアさんの許可を得て、私はこの魂のフォルダーの経歴を見た。

予感は的中していた。この魂はコスモでの転生回数が非常に少ない。

プルートとテラの間を何度か転生を繰り返した後、今回はメルクリウスに転生したところまではわかる。しかし、一番古い記録にたどり着くと、それには厳重に鍵がかけられ、それ以前の記録はアーカイブ化されていた。

つまり、この魂は、コスモ連合国での人生以前は、コスモのある銀河系とは別の銀河から転生してきたというわけだ。

一緒にスクリーンを覗き込んでいたカジミアさんが、ため息をついた。

「これはまた、稀な魂だったわね。惑星間ではなく銀河間の転生者の魂だったとは。千佳、よく分かったわね。」

「実はプルートでは、このような魂を見かけることが時々あるんです。」私は答えた。

場所的にコスモの外側にあって、ある程度バイブレーションが高いプルートでは、銀河系以外の他の銀河からの転生者がよく見られる。私が何度かプルートに転生していた時にも、そのような人々に出会ったことがある。

コスモ全体のバイブレーションに慣れるまではプルートで生活し、そこから他の惑星に転生をしていくこともあるのだが、やはり慣れないコスモでのバイブレーションに耐えきれなくなって元いた銀河系に戻っていく魂は多い。

プルートはある意味試金石のような惑星といってもよかった。もともとバイブレーションが全く違う魂がプルートに転生したときにできるフォルダーは特殊なバイブレーションでできており、コスモのどの住人のフォルダーよりも繊細で壊れやすいのだ。

プルートから、同じ次元のウィーヌスに転生をしていればまだ穏やかな転生経験を積めただろうが、6次元から3次元、その後に4次元と忙しく転生した魂にはよほど負荷がかかっていたのだろう。

「これは課長のラーさんへの報告が必要な案件ね。千佳に相談してよかったわ。ありがとう、すぐに原因を見つけてくれて。」カジミアさんはそう言ってにっこりと笑った。

「ラーさんがらみの案件か。そうすると外務省がらみの案件でもある可能性がありますね。外交官の魂ですかね?それとも情報員の魂ですかね?」
ジョイさんが興奮気味にささやく。

「邪推は良くないよ、ジョイ。魂の記録であるかぎり、他の魂の記録と等しく同じ命の記録だ。メルクリウスの人間として、早く記録を保護してあげるのが一番だろう」トリスメギストスさんが諭す。

ラーさんに報告があがり、そこから一旦SEの力を借りてフォルダーを保護することになるだろう。たった一つのフォルダーでも、その人の人生の重みは他の魂と何ら変わらず、重要な記録だ。地道な作業を繰り返している私たち情報課にとっても、一つ一つが大切な記録。おざなりにすることはできない。

何はともあれ、原因も見つかって良かった。私はメルクリウス・チームの島から自分の席に戻った。


(続く)

(これはフィクションです。出てくる人物は実際の人物とは一切関係がありません)

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