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小説|メルクリウスのデジタル庁の年末 第6話 年末の魂の記録



惑星間を転生した魂のフォルダーの作業もやっと一息ついた。これからが今日の本番だ。

現在グリニッジ標準時刻十時三十六分。テラで一番夜の時間が来るのが早いニュージーランド付近では、すでに23時を廻っている。睡眠中にエーテル体でこちらにやってくる魂の数はすでに増え始めているはずだ。

日中にテラの居住区内にある情報館によく来館するのは、地上でセラピストをやっている情報取り扱いのプロの人の魂が多いため、入管と情報閲覧に必要な許可証等の必要書類は不備なく携帯してきている場合がほとんどだ。

この時間帯は、ここメルクリウスの庁内の情報閲覧室に来館する魂たちも、プロのトレーニングを積んだ人たちによる仕事がらみの情報収集、または研究目的の情報収集で来館する人ばかり。フォルダーの取り扱いにも慣れている人がほとんどなので、私たち情報課が気を配らなければならないケースはめったに発生しない。

申請済みのフォルダーの点検をしていると、下の階の司書室からの電話が鳴り始めた。

タブレットに表示された黒電話アイコンの3Dチャットにタツヤが応対をする。

「はい情報課です。はい。。。承知しました。早急に対応いたします。」

チャットを切ったタツヤは、早速タブレットに向かって作業を開始する。

今連絡があったのは、六日前の午後に作成されたばかりのフォルダーについてだった。フォルダーの持ち主の魂の身内の方からの依頼で検索に来たヒーラーの方から、フォルダーが閲覧不可になっているとの連絡があったそうだ。

フォルダーの破損があると、閲覧者がフォルダーを開けなくなる。古いフォルダーを強いフォルツァで何度も開けようとするとフォルダーの一部が繊維化し、もろくなってしまうことがある。しかし、6日前に出来たばかりのフォルダーでこのような閲覧不可になるのは珍しい。タツヤがフォルダーを一時閲覧不可にしたうえで申請書を確かめ、フォルダーの修繕と再強化を行う。そのうち、司書室からどんどん連絡が入ってきた。

「はい、情報課。閲覧不能ですね。はい。早急に対応をします」全員が同じような言葉を繰り返しながら、フォルダーの修繕にあたり始めたころ、チャットをモニターしていたサラさんから全員にテレパシーが入る。

「先ほどから入ってきている修繕の依頼ですが、フォルダーの作成日時を記録してください。ほとんどが六日前のものの様だから。必要があれば、六日前に作成されたフォルダーの再点検をします」

全員が作業をしながら記録を取り始める。文字のチャットに挙がってくるものは、サラさんの予想通りどれも六日前に作成されたフォルダーばかり、しかもかなりの数がある。

そのうち、テラチームの非常アラームが鳴り始めた。こんなことは稀だ。スピーカーからアナウンスが入った。

「テラ居住区の区役所より応援要請。区内の情報館八件にて六日前に作成されたフォルダーで閲覧不能のもの多数。早急に対応願う」

一体何が起きているのか、息もつけないほどのスピードで破損フォルダーのリストが増えていく。とにかく今はフォルダーの修繕を優先するしかない。閲覧不可の申請を午後に担当する二名を除いて、私たちはフォルダーの修繕を続けた。ふと見ると、フォルダーを各メンバーのバッチに振り分けていたケビンさんが、何か気が付いたような顔をした。

いつの間にかトートさんが来て、サラさんのデスクで何かを耳打ちしている。サラさんは我が意を得たり、といった顔つきでうなずいた。

「ケビン、六日前に作成されたフォルダーを一旦すべて閲覧停止にして、すべて点検しましょう。恐らくヒーリングのバイブレーションにひずみがあった可能性があります。」

ケビンさんもすぐに事情を察したかのように、バッチを作る手を止めた。私は何があったのか、ケビンさんに尋ねた。

「六日前は、テラのいくつかの国ではクリスマスだったよね?昨年から流行っている伝染病のため多くがなくなっているのはみんな承知していると思うが、ここまでテラ全体に影響がでる伝染病は約百年ぶりだ。

クリスマスの時期に家族や友人といった愛する人たちと会えぬまま、伝染病の恐怖と戦った人たちの魂には、普段よりももっと強力なヒーリングの力で補強する必要があるのだろう。鳥インフルエンザなどもテラでは冬に頻発しているけれど、今回のようなテラ全域で流行する伝染病とは規模が違う。病の苦しみや悲しみの他、寂しさも普段より強かったのだろうね。

皆、一旦手を止めて。六日前のフォルダーは僕とタツヤで担当しよう。他の人達は未申請の魂の記録の処理をしながら、司書室からの連絡を待ってください」

クリスマス。テラの全域ではないものの、多くの国で祝われている日。私のいたラポニアでも家族や友達、恋人どうしで会って楽しく過ごす日だ。クリスチャンの国にとっては、ラポニアでいうところのお正月のようなものだろうか。クリスチャンの国にとっては、ラポニアでいうところのお正月のようなものだろうか。

現在テラにいるクリスチャンの人口は23億8200万人。それだけの数がいれば今日の様な事態が起きても不思議ではない。

遠方に住む家族が久しぶりに会って過ごす特別な日。そんな日に家族や友人と離れ離れになり、未知の病気で亡くなっていった人達。未曾有の事態とあっては、普段のクリスマスに亡くなる人々とは別のバイブレーションが出ていたのかもしれない。

人が死を迎えるときは、通常ではその魂を受け入れるこちら側でも、本人の側でも、魂が肉体を離れる準備は整っている。今のような未曾有の伝染病が流行っているテラの地でもそれは変わりはない。

しかし、そんな時でも、地上の人間として生きる最後の瞬間までは、人の心は地上にもっととどまりたい、家族と一目でも会いたいと強く願っていたことだろう。魂の記録を保管する責任を持つ側としては、もっと地上の事に目を向けなければならない。そう強く感じた。


続く

(このお話はフィクションです。出てくる人物は実際の人物とは一切関係がありません)

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