小説 | 島の記憶 第16話 -儀式-
前回のお話
夏が来て、レフラ従姉さんは無事に元気な男の子を産んだ。カイの家はこれで8人家族になった。今まで村の末っ子だったマナイアは、初めて見る赤ん坊に興味津々で、片時もそばを離れずに、まるで自分がお母さんになったかのようにふるまっていた。
私はレフラの赤ちゃんが産まれた時に、初めて祝福の唄を歌わせてもらった。
歌詞はすべて古語だった。この頃には、私は古語の文字と発音はなんとか覚えられ、言葉の意味も大分分かるようになってきていた。私は初めて自分が祝福をささげる赤ん坊が、幸せな人生を送れるように願いを込めて唄をうたった。
山の上の神殿では、引き続きお告げの仕事と勉強が続いていた。村には節目節目の儀式が沢山あり、子供の誕生や、村人が一斉に誕生日を迎える夏至の宴で歌う祝福の唄や、遠方からやってきた客を迎え入れる唄、人が亡くなったときにささげる鎮魂歌など、数えていけばきりがないほどの多数の唄があった。叔母さんは根気強く唄を教えてくれた。叔母さんとのお稽古で追いつかなかった部分があれば、家に帰ってからおばあちゃんと一緒におさらいをした。
唄はそれぞれに独特の節や抑揚があり、大勢の前で聞こえるように大きな声で歌えるよう、お稽古が進められた。私は時々朝早くに浜辺に出て、人の聞こえない所で唄のおさらいをした。果てしなく水平線まで続く海にならどんな大きな声でも出せた。
夏至の日が来て、村人全員が新しい年齢になる誕生日を迎える。この時の祝宴でも、私は祝福の唄を任された。宴会となると、おばあちゃんや母さんたちが腕を振るってごちそうを作る。舞を披露する若者たちも、数日前からおさらいの稽古に余念がなかった。この年も海や山、畑からの収穫は豊富だった。
宴会の当日、私たちは薪を囲みながら沢山の料理と共に、男舞を堪能した。踊るのは長老のタンガロアお爺さんを筆頭に、兄さんやイハイアなど村の若い男性たちが20人踊った。太鼓と木槌の音が勢いよく打ち鳴らされ、それに合わせて踏まれる力強い足踏みや跳躍、旋回など、いつ見ても壮大な踊りだった。
舞が盛り上がるにつれ、村人たちから自然と歌があふれ出た。
30人近い村人たちが、舞と太古の拍子に合わせて一斉に歌う。
舞が終わり、一瞬の静寂が音連れた時、私は初めて誕生日の宴の日の唄をうたった。
静まり返った村人たちに向けて、私は声の限りゆっくりと唄をうたった。
一年に一度の誕生日。今年も大人の仲間入りを果たした若者たち。今年産まれたばかりの小さな命。また一つ年を重ねた大人達。
私はこの村だけではなく、空のかなたの宇宙に向けて、声の限り唄った。
宴が終わって、ロンゴ叔父さんが私の所へ来てくれた。
「ティア、よく頑張ったね。今日は声もよく出ていたし、申し分のない出来だったよ。」
「ありがとうございます。今日のために沢山練習しました。」
「明日も山の神殿で。あと、少し気になっていることがあるので、明日のお勤めの時に少し長く話をするかもしれない」
「懸ってくる人にですか?」
「うん。だいぶ前に、ティアが言っていた何かが村を襲う風景。あと村に起きる大きな変化あれが少し気になってね。もし予言が外れているなら喜ばしい事なんだが。」
「多分、外れたんですよ。だってあれは去年の話でしょ?村には何も起きていないし。」
「うん。ただね、ヒロたちが最近行ったいくつかの村では、ティアが言っていたような何か白い獰猛な何かの群れに襲われたところがあるそうだ。ティアが見たものがもしかしたら他の村での出来事だったのかもしれないし、この村でおきることなのかもしれない。悪い方には考えたくないが、少し警戒はした方が良いかもしれないのでね」
そういうと、ロンゴ叔父さんはまた明日、と言って家の方へ向かって行った。
私は、一抹の不安を胸に、自分の部屋へと戻った。
(続く)
(このお話はフィクションです)
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