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「夢のような時間」・・・初めて好きな男の子をデートに誘った女の子のお話。ドキドキして、ちょっと懐かしい物語。

23日火曜日に、ラヂオつくばの
「つくば You've got 84.2(発信chu)!(つくば ゆうがたはっしんちゅう)」で、放送された私の短編です。

放送後一部修正して紹介します。


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「夢のリバイバル」 作: 夢乃玉堂

木枯らし吹く放課後。
廊下中に響く上履きの足音が、2年C組に近づいて来た。

「すず~。涼香(すずか)~」

ドアの枠に頭をぶつけそうになりながら、
高山日奈(たかやまひな)が教室に飛び込んで来た。

「ねえ涼香~。アタシ、天にも昇る気持ちッだよ。
遥人(はると)君が、映画に行ってくれるって~」

「よっしゃあ! 思った通りだ。
遥人は男子とよく好きな映画の話をしているから、
きっと嫌とは言わないと思ったんだよ」

南涼香(みなみすずか)は、大きく手を広げて長身の日奈を受け止めた。

「でもこれからどうすればいいの?アタシ、映画なんて全く分からないよ」

「任せなさい! 私が、デートにぴったりの
スペシャルな映画を選んであげるから」

恋愛偏差値の高さを自慢する涼香は、日奈の両肩に手を乗せて
大きく頷くと、それこそ映画に登場する博士のように
教室の中をぐるぐる歩き出した。

「日奈。最初に二人で観る映画選びは、
ファーストブラの選定より難しいわよ」

「そうなの?」

「当たり前だわさ。どんな映画を選ぶかで、
趣味や価値観、知能程度まで値踏みされるだよ」

「え~どうしよう。定番の恋愛ものに行こうと思ってたのに。
今駅前のシネコンでやってるじゃない。
女の子が難病で、男の子が夢をかなえるために外に連れ出す映画」

「けぇ! 分かってないのう。あれは女の子同士で観る映画。
可愛い女優が涙流して、にっこり笑って死んじゃうんだよ。
そんな悲劇のヒロインと、健康で病気が脱げ出しそうなあんたと、
どっちを守ってあげたいと思う? 勝てる訳無いでしょうが」

「そんなこと・・・」

言いかけた比奈を涼香が睨んだ。

「すみません。完敗・・・です、はい。
じゃ、じゃあホラーはどう? 二人でドキドキするの」

「ダメダ~メ。狙いは悪く無いけど。
いつも女を舐めるなって言ってるアンタが
きゃあん、怖い~ん。とか言って彼に抱きつけるのかい?」

「無理。絶対無理。1秒たりとも不可能です」

「だっしょう。無理に乙女っぽくする必要はないんだよ。
そんなのは、すぐに化けの皮が剥がれておしまい。
自然な姿を出せばいいのよ。
そもそもアンタの好きな映画を言ってごらんよ」

「う~ん。そうね。SFアクションコメディかな。
『戦国ひなたぼっこシリーズ』とか、全部見てるよ」

「そうでしょう。あんた、画面見ながら
『神~』とか『萌え~』とか言っちゃうでしょ。でも、今はそれ封印して」

「え~。尊いのにぃ。ダメなのぉ」

「違うの。何を好きになっても良いのよ。いいんだけど、
男子に『推し』を見せるのは、もっと仲良くなってから。
まずはあなたの良い所に気付いてもらえないと」

「アタシの良いところ? 見た目の割に力持ち?」

セーラー服の袖をめくって、
力こぶを見せる日奈を横目で見ながら涼香は続けた。

「とにかく、推しについて語るのは、互いをもっと知ってからね。
好きな事を好きな人に理解してもらうには時間がかかるんだよ。
それに、あんたが暴走したら、
相手は何を話して良いか迷っちゃうでしょう。
まずは気軽に話が出来るようにならないと」

涼香に畳み込むように言われて、日奈は大人しくなった。
不安げな親友に、恋愛の大先輩は優しくアドバイスをする。

涼香のお勧めは、リバイバル上映されているモノクロの古い映画だった。
有名な推理小説を原作にしたサスペンスの名作らしい。
主演俳優も監督も聞いた事なかったが、
映画の蘊蓄を話す時の涼香の目の輝きは力強かった。

「これは、私の豊富な恋愛経験から導き出した、
デートに最適で、自然と二人の距離が近くなる、という夢のような映画よ」

「分かった。涼香を信じる」

日奈は大きく頷いた。

その映画館は、流行りのシネコンではなく年季の入った名画座だった。
日曜のお昼過ぎなのに、客席はガラ空きだ。

遥人がコーラを、日奈がポップコーンを買って席に座った。
大好きな彼が隣にいるだけで緊張し、
日奈はポップコーンをつまむ手が止まらなかった。
休憩中に食べきってしまったら、呆れられるかも。
そう思ってもどうしようもなく、
まっすぐ前を向いたまま開演のベルを聞いた。

客席が暗くなり、予告編に続いて映画が始まった。
モノクロの映像は、目に優しいが、
日常の生活が延々と続くだけで中々事件が起こらない。
カタカナの名前が覚え辛い上に
やっと登場した主人公らしき探偵は個性に乏しく、
他のキャラとの違いが分からない。

おそらく伏線になる思わせぶりなセリフも出て来るが
物語よりも後ろを通る犬の方が気になる程、緊張感もテンポも悪く、
20分も経たないうちに日奈は瞼が重くなってきた。

『どうして涼香はこんな映画を薦めたんだろう。
高尚な映画マニアには面白いのかもしれないけど、
一般人のあたしには難しすぎるよ』

物語が半分ほど進んだ頃には、日奈はもう、目を開けてられなくなった。
次に目を覚ました時には、スクリーンの冴えない探偵が、
いかにも怪しい雰囲気の男を、あなたが犯人だ、と自慢げに指さしていた。

あまりに意外性のない展開に
あくびをかみ殺した日奈は、奇妙な事に気付いた。

『あれ? 映画館に枕なんかあったっけ』

日奈が、自分の頭が乗っている柔らかな塊を
手探りで確かめていると、客席が明るくなった。

枕は遥人の肩だった。

『何てこと! 遥人君の肩を枕にして眠っちゃったんだ、あたし』

失敗の誤魔化し方も思いつかず、日奈は、
真っ赤になって体を離し、黙ってうつむいていた。
遥人は、少しだけホッとした表情を浮かべた。
両側の頬にえくぼが揺れている。

「なあ、ハンバーガーでも食べないか」

「あ、そ、そうだね。お腹空いたよね」

日奈は一刻も早く、不始末をしでかした場所から逃げたかった。

『涼香の奴、こんなに眠くなる映画を観させるなんて、
初デートがぶち壊しじゃない。明日学校でとっちめてやる』

早足で劇場を出ると、周りはすっかり暗くなっていた。

「あれ? どうして」

腕時計を見ると、6時だ。

『入ったのが1時だから、もう4時間半も経ってる。
おかしいな。そんな長い映画じゃないから3時には終わる筈なのに。
そうか、シネコンと違って、古い名画座は、
退出するまで何回でも続けて観られるんだった。
待てよ・・・ということは・・・遥人君は、
一度目の上映が終わって明るくなっても、
爆睡しているあたしに気を遣って、そのままの姿勢でいてくれたってこと?
この重い頭を肩に乗せて、あのつまらない映画をもう一度、観たの?』

振り返ると、遅れて出て来た遥人が、こりをほぐすように首を捻っていた。

「御免なさい、あたし・・・」

「ああ。気にすんなよ」

又も彼は、えくぼを浮かべて言った。

「俺、昔の映画ってよく分からなかったんだけど、
二回観たおかげで、仕掛けや伏線も分かったし、
案外よく考えられた映画だったぜ。リバイバル上映されるだけあるよ。
それに、日奈の寝顔、結構可愛かったぜ」

「やだ~。恥ずかしい!」

「照れた顔もいいな」

「意地悪~」

それから日奈たちは近くのカフェで遅くまで話し込んだ。
つまらない映画や面白かった映画。眠くなる授業に大好きなアニメ。
そして、夜中まで『戦国ひなたぼっこシリーズ』を
観ていて遅刻しそうになった話も。
二人とも、織田信ニャガよりも
石田ミツニャリの方が『尊い』と言って盛り上がった。

次の朝、教室に入ると、涼香がニコニコ笑いながら近づいて来た。

「ねえ。どうだった? 二人の距離が近くなる映画だったでしょ。ふふふ」

涼香の企みを理解した日奈は、わざと不満そうな顔をして言った。

「ううん。最低だった。でも夢のようだった・・・ありがとう」

日奈と涼香は一緒になって笑い、あの古い映画について話し合った。

面白い映画を観た後、人は言葉少なく感動に浸り、
つまらない映画を観た後は、とても饒舌になる。

           おわり



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