「石鹸」・・・怖い話。引っ越してきた後輩が知りたいことは。
『石鹸』
会社の後輩の亜美加が、近所に引っ越して来たと言って、我が家に挨拶に来た。
「新しい街って何だか冒険してるみたいな気分になりますね。
新鮮っていうか、発見があるっていうか、ドキドキします。
あ、そうだ。良く使うスーパーとかありますか?」
「そうね。私が日用品ならタオコーかな、肉とか野菜なら断然マママートかしら」
「タオコーですね。安いスーパーは、女子にとって死活問題ですから」
亜美加は熱心にメモを取っていた。学生時代から、スーパーやカフェは必ずチェックするらしい。スーパーの話をするのは、お得な情報を与えてあげてるみたいで、ちょっと嬉しかった。
「先輩、いつも肌綺麗ですよね。
アタシ、最近皮膚が荒れて困ってるんです。
先輩の使ってる石鹼とかシャンプー、参考に教えて貰っても良いですか?」
「うちのは普通にスーパーで売ってる奴だよ。
石鹸もシャンプーも、余りきつくないシトラスの香りで統一してるけど」
その他、近所にあるカフェ、レストラン、居酒屋、クリーニング店などを教え、あとは他愛も無い話をして、その日は終わった。
それから2週間ほどして、
夫の祐一から、残業で遅くなるから先に帰ってて、と連絡があった。
一人で晩御飯を食べるのもつまらないから、
亜美加を誘ったのだが。
「すみません、今夜は先約があって」
と、断られてしまった。
仕方ないので、惣菜でも買って帰り、
溜まっているビデオ録画を見ることにした。
いつものスーパーの惣菜はちょっと食べ飽きてるので、
帰宅コースを変えて余り行ったことの無いスーパーに寄った。
知らないスーパーは新鮮だ。
探検気分でドキドキすると言うA子の気持ちが、
ちょっと分かったような気がした。
惣菜売り場を探している時、少し離れた棚で日用品を覗き込んでいる亜美加を見かけた。
「あれ。あの子、こっちのスーパーに来てるんだ」
と思って、声を掛けようと思ったが、その向こうに見覚えのある後ろ姿があって、私は棚の後ろに隠れた。
祐一だ。
二人は嬉しそうに石鹸が並んでいる棚から、家で使っているのと同じシトラスの香りのものを駕籠に入れた。
どうすれば良いのか、この場で声を掛けた方が良いのか、
それとも、もう少し様子を見た方が良いのか。
結局、様子を見る事にした。
こんなところで修羅場になるのは私も嫌だ。
二人がレジを抜けて出て行くのを待ち、後を付けた。
夫と亜美加は周りを気にする様子もなく、スーパーの入り口で
タクシーを捕まえて行ってしまった。
亜美加の家の住所を聞かなかったことを後悔した。
家に帰り、一人で電気をつけると、
どうしようもない寂しさと悔しさがこみ上げてきた。
「畜生。肌が荒れてるなんて言い訳しやがって!」
一通り罵る言葉を吐いてから、私はクローゼットの中にある
段ボール箱を次々と開けていった。
古い服や使わなくなった道具類、捨てられない記念品などを引っ張り出したその奥に。
「あった!」
それは、数年前オセアニアに旅行した時に現地で買った石鹸とシャンプーだった。
日本には無く、ネットにもない現地生産の品だった。
変わった香りだったので、大事に取っておいたのだ。
「さあ亜美加はどうするかしら。又石鹸のブランドを聞きに来る?
でも、教えてあげない。この石鹸もシャンプーも、
日本のどこにも売ってないんだから」
私は、家にある石鹸もシャンプーもボディソープに至るまで全部捨てた。
今夜からはこれを使う。この先もずっとこれだ。
おわり
#ホラー #怪談 #短編 #石鹸 #夫婦 #後輩 #シャンプー #香り #残り香 #海外製品 #不倫 #不思議 #怪奇 #謎 #浮気 #ショート #小説
ありがとうございます。はげみになります。そしてサポートして頂いたお金は、新作の取材のサポートなどに使わせていただきます。新作をお楽しみにしていてください。よろしくお願いします。