「タイ焼きとパフェ」・・・どっちが好み? 短編です。
火曜日にラヂオつくばで放送された作品に加筆修正した短編です。
「タイ焼きとパフェ」 作 夢乃玉堂
中学2年生の冬を迎えたモココは、T鉄道の跡地を歩くのが好きだった。
数年前に廃線になったT鉄道は、いくつか残る駅のホーム跡が
当時の面影を残すだけで、大部分がサイクリングロードになっている。
廃線跡に近い商店街にある昔ながらのタイ焼き屋は
粒餡、白餡、チョコ、カスタードなど、種類が豊富で、
体形が気になってくる女子中学生の間では「悪魔の誘惑」と呼ばれている。
しかしモココは、誘惑にあがなうつもりは全くない。
この日も学校帰りに残されたホームの端に腰を下ろして、
ふっくらとした頬っぺたをタイ焼きでさらに膨らませている。
「粒餡も抹茶も好きだけど、この新しい塩ミルククリームも捨てがたいな」
タイ焼きの温かさを手の平で感じ取っている時、
サイクリングロードを一台の自転車が走って来た。
同じ中学の石水ハルキ先輩だ。
先輩はモココの方をチラッと眺めると。少し微笑んで走りぬけた。
目が合うとモココは、心が通じ合っているような気がした。
「かっこいいな。背が高くってスマートで。
ずっと自転車で通ってるのもストイックで庶民的な感じがする。
石水先輩は、粒餡と塩ミルククリーム、どっちが好きかな」
モココは袋からタイ焼きを二つ出すと、両手で持って向かい合わせ、
熱帯魚のグッピーがするように口と口を近づけた。
「モモコ。お前が欲しい・・・先輩、アタシも・・・
キャア~。バカバカバカ。恥ずかし~」
タイ焼きを振り回しながら
たっぷり一人で妄想してからモココは家に帰るのだ。
「朋子。又、学校帰りに買い食いしたね。口元に餡子が付いてるよ」
家に帰るとおばあちゃんは必ずこう言う。
勿論引っ掛けなんだけど、モココは毎回慌てて口元を気にしてしまう。
「やだ。おばあちゃん。アタシ、タイ焼きなんか食べて無いわよっ」
「良いんだよ。美味しい物を食べたからって、
何もハヅカシがる事はないよ。
ダイエットなんて窮屈な事、さっさと放棄しちまいな」
それから、お母さんが帰って来るまで
その日あったことをおばあちゃんに報告するのが、
モココのルーチンだった。
そんなモココの日常に大きな変化が起こった。
いつものように駅跡のホームに座っていると
珍しく石水先輩が廃線跡を歩いて来た。
「あれ。今日は自転車じゃないんだ」
普段とは違う先輩の姿を見て、モココの心は湧き立った。
「歩いてるなら、お話が出来るかもしれない。
タイ焼きも一緒に食べられるかも。
『先輩。今日は粒餡と塩ミルククリームを
二つずつ買ったんですぅ。どっちから食べますかぁ?』
『モココはどっちが好きなんだい?』
『え~。どっちかなぁ。決められない~。先輩が決めてくださいぃ』
『じゃあ、一緒に選ぼうか。イッセのセッ』
やだあ。手が触れちゃった~、きゃあ~」
モココの妄想は、普段の30倍にも膨れ上がっていた。
しかし・・・。
「ハルキく~ん。待ってよぉ」
石水先輩の後ろから女の子が走って来た。
「少し走った方がダイエットになって良いだろう。
これからパフェ食べようって言うんだから。
クリームの食べ過ぎで太ったって知らないからな」
「大丈夫。美佳はどれだけ食べても太らない体質だから」
「油断大敵だぞ~」
女の子は先輩と同じ学年の相田美佳だった。
すらっとして背が高く、痩せてるけど華やかで
後輩女子の間でも人気が高い。
石水先輩と美佳先輩は、あまりにもお似合いだった。
廃線跡なのに、そこだけお洒落なカフェのように輝いている。
真っ白なクリームに色とりどりのフルーツ。
まさにパフェそのものだ。
モココは声を出せずに二人を見送った。
石水先輩がいつもと同じようにモココを一瞥した。
その視線は、今までと全く違って見えた。
「そうだよね。先輩はいつも
パフェみたいな美味しい物を食べてるんだよね。
そんな人に、タイ焼きなんかあげようなんて・・・馬鹿な妄想よね」
冷たい風が廃線跡を吹き抜けていった。
茜雲の色が消えていくと、ぽつりぽつりと小さな雨つぶが落ちて来た。
手にしたタイ焼きの袋が、ゆっくりと冷めていった。
「ただいま~」
「おかえり朋子。又、買い食いしたの・・・」
おばあちゃんはそこまで言って孫の様子がおかしい事に気が付いた。
「どうしたんだい」
「うん。ねえおばあちゃん。おばあちゃんもやっぱりパフェが好きだよね」
俯いたまま目も合わせずに呟くモココ。
その手には、湿気ったタイ焼きの袋が握られている。
おばあちゃんは、手元にあったタオルで濡れたモココの頭を拭きながら、
冷えた体をぎゅっと抱きしめた。
「おばあちゃんはね。子供の頃、グッピーが好きだったんだよ」
パフェの話が突然熱帯魚に変わったので、
モココは思わずおばあちゃんの顔を見た。
「ちゅってキスをするのが可愛くってね。誕生日に買って貰ったのさ」
それまでの妄想を見透かされたような気がして
モココは少し恥ずかしくなった。
おばあちゃんは、濡れたタイ焼きの袋を受け取り電子レンジに入れた。
「でもね。グッピーって、好きでキスをしているんじゃないんだ」
「え?」
「本当は、餌やメスの取り合いで喧嘩してるんだよ。
人間が勝手に、キスだと言ってるだけなのさ。
世界中の人間がグッピーはみ~んな仲がいいって思い込んでたなんて、
おっかしいだろう?
学校の先生も、頭のいい友達も、おばあちゃんだって
それを聞いてがっかりしたよ。
全く人間って奴は、何でも自分勝手に決め込んで
勝手にがっかりしちまうんだから、やっかいだね。
グッピーにしてみたら、
『俺たちの喧嘩を外から眺めていい加減な夢を見てんじゃねえよ』
って思っているかもしれないんだから」
「そうか。キスは妄想だったんだね。
それでおばあちゃんは、妄想をやめたの?」
「とんでもない。もっともっと妄想したさ。
グッピーのキスは喧嘩だったけど、
世界中で仲良くしてる者はその何千倍も何万倍もある。
そう考えたら、妄想で落ち込んでるのがバカバカしくなってね。
次の日学校に行ったら男子全員から告白されて、
その又次の日には、世界中からラブレターが届いて。
校長先生に受け付けやらせて選別していくの。
う~ん。これは顔が好みじゃない。こっちは身長が高すぎる。
清潔感が無いなんて論外だ~。
なんて、選り取りみどりの人生を送ってる自分を毎日妄想したよ」
「くすっ。おばあちゃん、妄想凄すぎ」
「ああ。おばあちゃんは妄想の女王さ。
考えるだけならお金はかからないし、人の迷惑にもならない。
どうせ考えるなら、楽しい事を考えないと損するよ。
良い事を考えていると、良い事があるのさ」
「チン!」
電子レンジが声を掛けた。
「ほら。もう良いことがあった」
おばあちゃんは、タイ焼きの袋を取り出し、
四つあるタイ焼きを二つづつ分けた。
「さあ。ホカホカに戻ったよ~。
うん。粒あんとミルククリームだね。
ようし、最高に美味しい食べ方を教えてあげるね」
おばあちゃんは、二種類のタイ焼きを重ねて持つと、
そのまま頭から頬張った。
「うん。ダブルで美味しい。朋子もやってごらん。
タイ焼きの女王は、ダイエットなんか放棄して
美味しい味に包まれてればいいのさ」
モココは、おばあちゃんと同じようにタイ焼きを二つ重ねて持つと、
先輩とパフェの彼女を飲み込むつもりで、
大きな口を開けてタイ焼きにかぶりついた。
餡子の甘さと塩ミルククリームのしょっぱさが
口の中で溶けあい、絶妙のコラボを生み出した。
「おいし~」
不意に笑いがこみ上げてきた。呆れかえるほど気楽で、陽気な笑いだ。
明日も明後日も、あの廃線跡のホームでタイ焼きを食べよう。
又、違った味に出会えるかもしれない。
モココの頭の中で、タイ焼きの美味しさが無限に広がっていった。
おわり
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