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「消えた庄屋」・・・怪談。突如いなくなったある一家の謎。



これはいわゆる都市伝説の類だと言う者もいる。しかし、日本中に同じような話があるのだ。

例えば、こんなお話・・・


『消えた庄屋』


あれは、年号が慶応に変わってしばらくした頃の事だったと覚えております。
東北の米どころである、〇〇という地方。
上松惣兵衛(仮名)という庄屋様の一家がおられました。

庄屋の惣兵衛さんは、農業に詳しく、誰にも分け隔てなく接して下さしてくださいます。
奥様も同様で、人当たりが良くいつも笑顔を絶やさない優しい方でした。
お子さんはお二人。上の女の子はご両親の血を受け継いでいらっしゃるんでしょうね。
聡明で寺子屋でも優秀な子として評判でおられました。
下の子はまだ生まれたばかりの乳飲み子でしたが、まるまると良く太った男の子で、生まれた時には村中の農民はもちろん、お城勤めの侍たちからも
祝いの品が届いたのでございますよ。

ただ、惣兵衛さんは目立つことが嫌いで、祭りや祝言などの席に呼ばれると

「いいえ。私などはこのような華やかな席には不釣り合いですから」

と言って断るのですが、どうしてもと村人が願うと、
高額の祝い銭を出して、村人を喜ばせます。
それでも自分がしゃしゃり出ることは無く、
農民の代表や、村の若い衆を前面に押し出して盛り上げ、
遠くから夫婦そろってその様子を笑顔で眺めているというのが常でした。

逆にその態度が、村人の尊敬を集めていたと言えましょう。

誰もが、農作物の発育具合から政(まつりごと)の不満まで、

「まずは庄屋の惣兵衛さんに相談してみよう」

という風に話が進む。そんな、村には欠かせない人物だったのございます。


その庄屋様に、おかしなことが起こったのは、
そう。大政奉還の報が藩に伝えられた時でございました。

藩の侍はもちろん、農民たちも、

「徳川の世が終わったら、暮らしはどうなるのか」

「この先われらも戦に駆り出されるのか」

「それでも年貢は来年も納めるのか」

そんな調子で、誰も答えが分からず混乱しておりました。


当然のように、村人たちはお庄屋様のところに、相談に向かいます。

「お庄屋様。惣兵衛様。ご相談に伺いました。村の若いもんでございます。お庄屋様」

上がり框(がまち)で、声を揃えて呼んでも、お庄屋様は出て参りません。

惣兵衛さんのお屋敷・・・お屋敷と言っても質素なものでございましたよ。
贅沢などに興味はなく、余ったお金はすぐに村人に分け与えるお人でしたからね。

上がり框からすぐに囲炉裏がございましてね。
その脇に、飲みかけの湯飲み茶碗が湯気を立てて置かれておりました。

「ははん。これは、ちと厠にでも立っているに違いない。すぐに出てこられるだろう」

そう考えた村人たちは、そのまま待つことにしたのですが。

小半時ほど経っても、お庄屋様が帰って来る様子はない。
それに、惣兵衛さんが席を立たれても、奥様がいらっしゃるはず、
どなたも出てこられないのはおかしい。
という事に皆気が付きき始めたところへ、
使いのお侍様が来られました。

「惣兵衛。惣兵衛はいるか。ご家老様から、急ぎお屋敷まで参じよ、とのお達しじゃ」

「へえ。それがお庄屋様は出てこられねえんでございます。
私ら、もう小半時もこうして待っておるのですが」

「なに。小半時も・・・う~む。それは異なこと。
急な要件の事、また万一急病などであってはいかん。拙者が奥を見て参ろう」

ありがたいことに、お侍様は座敷に上がってお庄屋様のご様子を
見に行かれたのでございます。


ここからは、そのお侍様からお聞きした事なのでございますが・・・

囲炉裏の回りに湯気の立った湯呑があった頃は先ほどお話いたしましたが、
その次の間には、縫いかけの着物が針が刺さったままで捨て置かれ、
その横には、赤子のおもちゃが転がっていたそうでございます。

さらにその奥の間には神棚がございまして、火のついた蝋燭が、一本は神棚の上に。
もう一本は、踏み台の上に置かれ、今まさに上に上げようとしてるように、
軸の中ほどまで燃えて溶けていたそうでございます。

しかし、お侍様がどんなに声を掛けても、どこを開けても、お庄屋様のお姿どころか、奥様もお二人のお子様も、見つけることは出来ませんでした。

たった今までいたような家の中のご様子ですから、若い衆は村中を駆けずり回って探しました。
街道の峠も、裏山のやぶの中も、氏神様の境内も人が居そうなところは
全部探したのでございますが、お庄屋様はいらっしゃいません。

全く、お庄屋様の一家は神隠しにでもあったみたいに、
忽然と消えてしまった
のでございます。

その後は、村に庄屋がいないのは困りますので、村人からとりあえずの代表を募り、御一新の混乱を乗り越えたのでございますが、
お庄屋代理になった者も、前のお庄屋様のお屋敷には、気味悪がって住まず、ずっと空き家になっておりました。
すっかり冷めた湯呑と、縫い針を刺したままの着物、燃え尽きた蝋燭は、
長くそのままになっていた
という事でございます。


・・・・・・・

それから、もう130年以上経つ。
庄屋屋敷の一部は取り壊され、一部は伝説と共に残されている。
幕府の隠密が庄屋の身分になって村を監視していたとか、庄屋は忍者で「草」と呼ばれる潜入活動を使命としてた、などという噂もあるが、
その真相を知る者はいない。
こんな消えてしまった庄屋の話が、日本中にはいくつか残っているのである。


                    おわり











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