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「女子寮」・・・怪談。男子禁制のマンションで起こった事は。(改訂)。



『女子寮』

最寄駅からバスで10分という少し不便なところに、
大学の女子寮として一棟借りされていた三階建てのマンションがあった。

ウナギの寝床のようなワンルームの部屋が各階4戸ずつ、
家賃は格安だが、数年前までお嬢様女子大だった伝統が残っていて、
男子禁制であった。

「暗いな。この廊下」

「シッ。静かにしてよ。誰かに聞かれたらマズいでしょ」

声を潜ませて階段を上って来たのは、
3日前に付き合い始めたばかりの広子と真人だった。

昼間のデートで盛り上がった二人は、
日が暮れても話したりない気がして、広子の部屋に来ることになったのだ。

「ごめんな。俺、実家住まいで、兄弟は男だけだから
今まで静かに話すって経験が無いもんだから」

『それって、今まで女の子とラブラブ電話の経験も無いってこと?』

と、広子は思ったが、口には出さず、
304号室の鍵を開けて中に真人を招き入れた。

「ここが女の子の部屋か。俺初めて入ったよ」

「だから! 静かにしてって。
寮の管理人は通いだから、朝まで帰って来ないけど、
声聞かれて、誰かにチクられたらどうすんのよ!」

「ごめん」

しおらしく頭を下げる真人を見て、
やっぱり19歳まで女の子と付き合ったことが無いんだな、
と確信に近いものを持った広子だったが、逆にこの先の事が心配になった。

『何となく別れがたくって、ノリで連れてきちゃったけど、
付き合い始めてまだ3日なのに家に入れるのは早計だったかな。
もし真人が初めてだったら、女の子はそういうもんだって
勘違いするかもしれない。真人の女性観を左右しかねない重大事項だ』

一学年の上の広子は、いつも保護者のような目線で真人の事を考えていた。

「課題はやったの?」

「レポートは? あの先生、締め切りには厳しいわよ」

デートの時でも、そんな言葉が会話の大半を埋め尽くしていたが、
真人はさほど気にせず、

「ありがとう。俺、ほっとかれるとホントに何もしないから」

と、逆に喜んでいるほどだった。
まあ。それがきっかけで付き合い始めたようなものなので
男女の仲とは分からないものである。

さて、保護者・広子は考えた。

『とりあえず今日は、一晩中、話だけして過ごそう。
それも周りに感づかれないように、声を潜めて会話できる話じゃないと。
盛り上がって大笑いするようなことになってはいけない』

どんな話が良いだろうと考えているところに、真人が話しかけた。

「なんで、前の廊下、あんなに暗いの?」

「ああ。天井灯が切れてるのよ。
でもここ3階で、前の道の街灯の光がどうにか届くし、
面倒だから誰も管理人に言いに行こうとしないのよ」

「ふ~ん。管理人は話しにくい人なの?」

「話しにくいというか、ちょっと変わってるのよね。
このマンションだってさ・・・」

そこまで話して、広子は気付いた。

『この話、使えるかも』

広子は真人と一緒にソファーに座り、声を低くして話し始めた。

「あのね。このマンションだけど、
こんなに新しくて奇麗なのに、ものすごく家賃が安いの。
なぜだと思う?」

「廊下が暗いから?」

「違うわよ。あのね。上がってきた階段と反対側、
つまりあっちのベランダ側にちっちゃな裏庭みたいなのがあるんだけど、
その向こうがお墓なの。近くにあるお寺の檀家さんの墓地らしいのよね」

「へえ。でもこの辺り、古い町でお寺も多いから珍しくないんじゃない?」

「それだけじゃないのよ。その裏庭の一角を大きく切り取るように、
墓地の敷地が食い込んでるのよ。
一番近いところは、1階のベランダのすぐ前まで来てるのよ。
だから、家賃が安いのよ」

「う~ん」

真人は真剣な顔つきになってきた。
まさか自分が今いる建物が事故物件かもしれないとは、
考えたくはないのであろう。

広子は内心、しめしめと思った。

『この調子で怖い話をしていけば、その気にはならないだろう。
人間二つの感情を同時に持つことは出来ないというから、
今夜はこのまま、怖い話を続けていればいいだろう』


「でも、何かあったわけじゃないんだろう」

真人が自分を安心させるたくて聞いてきた。

広子は浮かびそうになる笑みを堪えて答えた。

「それがね。実は最近あったのよ。
一階のお墓に一番近い部屋の人が、真夜中勉強してたら
ベランダ側のサッシを『コンコンッ』って
ノックする音がするんだって、真夜中に誰か来るわけがないし、
怖いから放っておくと、又『コンコンッ』って音がするの。
やっぱり誰か来たのかなと思ってベランダのサッシを開けてみてみると
誰もいない。
変だな、って思ってサッシを締めようとすると、握っているサッシから
『コンコンッ』って音が鳴って、握った手に小さな振動まで
伝わって来たんだって。何もないのに!」

「へ、へえ~」

真人が怖さをごまかす様にぎこちなく答えた瞬間、

「コンコンッ」

二人の耳にノックするような音が聞こえた。ベランダの方だ。

「マジか。ウソだろ・・・」

二人は同時にベランダを見つめたが、誰かいるような様子はない。

それでも音はする。

「コンコンッ」 そして又、「コンコンッ」

不安になった広子は、真人に確かめさせようと思った。

「ねえ真人。誰か変な人がいないか見てきてよ」

「え? いるはずないじゃん。ここ3階だぜ」

「だから、見てきて欲しいのよ。それとも怖いの?」

広子がちょっといたずらっぽい笑顔を浮かべた。

『試してるのか?』と思った真人は、
付き合い始めで弱みも見せられないと腹をくくり、
高鳴る心臓を押さえながらサッシに近づいていった。

やや重いサッシを開いて、ベランダを覗くと・・・
ベランダには、物干し用のロープが張られているだけだった。

「なんだ。物干しのロープが風に揺れて、洗濯ばさみが
サッシに当たってたみたいだよ」

振り返ると、広子は真っ青な顔で真人を見ていた。

「もう止せよ。そんな顔して脅かしても、怖がってやらないよ」

「ち、違うのよ。今、真人がこっち向いた時に、
サッシの向こうを白い人影が横切ったのよ」

「え? 誰もいない筈だけど・・・」

真人が振り返ると、今まで誰もいなかったベランダに
すう~っと白い人影が現れた。

白い人影は、そのまま音もなくサッシを通り抜けて部屋に入り、
真人の目の前にまで迫ってきた。

「ぎゃーーー!」

真人は悲鳴を上げてサッシの前から走って逃げた。
広子も一歩先に部屋を飛び出した。

暗い廊下に転がり出た二人は、上ってきた階段の方に向かおうとしたが
足が動かなかった。
何か大きな黒い塊が、階段を占拠し、ガリガリと音を立てて
その踏み板をかじっていたのである。

「うわあああ~」

二人は体を寄せ合うように部屋のドアにへばりついた。

その時、背後でガチャリとドアが開く音がして

「どうかしたんですか?」

と優しく問いかける女性の声が聞こえた。

振り向いた真人の目に、ドアを少しだけ開けて
顔を出している女性の姿が見えた。

「あ。そ、そ、そこに、階段のところに・・・」

声を震わせて、真人が階段の怪しい黒い塊を指さしたが、
女性の返事はつれなかった。

「何? 何もないじゃない。夜中に大騒ぎしないでね。
それにこの寮は男子禁制よ」

「すみません。でも、あれ、黒い塊が。
それに部屋にも白い幽霊みたいな人影がいて・・・」

恐怖を堪え、隣室に説明に行こうとする真人の手を
広子が掴んで止めた。

体中を震わし下を向いたまま広子は真人の腕に縋りついた。

「どこいくの? アタシの部屋、角部屋だから。そっちに部屋は無いわよ」

真人が隣のドアを見直すと、
ドアを少し開けて顔を出していた女性がニヤリと笑い、
壁やドアごとかき消すように消えていった。

「ええええ!」
「いやあああ~」

二人の意識が遠くなっていった。

目を覚ましたのは、
朝掃除にやってきた寮の管理人に怒られた時だった。

「何をやってるの。こんなドアの前で二人で寄り添って寝てるなんて。
夕べ酔っぱらって帰ったの?」

「いや。違うんです。それが・・・」

真人は、大真面目に昨夜の体験を話したが、
管理人はあきれ顔で全く信じようとはしなかった。

「言い訳ならもう少しましな理由を考えなさい。
やっぱり酔っぱらってたんでしょ」

管理人のお説教は、その一言で終わったが
二人は部屋の中に戻る気にはならず、
その日は真人の実家に広子を連れて行き、
家族にも紹介して、早々と公認の仲となることになった。


さて、この話は一時、大学で話題になったが、
その後「通い同棲」をするカップルが増えると、
すぐに怪談話は忘れ去られ、恋愛話の舞台として
語られる方が多くなっていった。


数年後、このマンションは、
大学の移転に伴って、女子寮としての契約が終了し、
今では普通の賃貸マンションとして一般に貸し出されているという。

                       おわり


この話は、学生時代の体験から作ったものです。
マンションの造りや細かい設定は変えてありますが、
私は実際にその部屋の住人と一緒に、「コンコンッ」というノックするような音を聞いています。
その時のベランダには、物干し用のロープは無く、
誰もいないのにサッシをノックする音だけが聞こえたのでした。
同じマンションの別の部屋ではもっと怖いことがあったようですが
それは又別の機会に。

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