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「似てくる親子」・・・父の晩年を見つめた息子が、己の晩年に感じたことは。



『似てくる親子』


父は晩年、様々な幻視を見ていたようだ。

「『庭にある池のど真ん中に黒服の男が立っていて、
こちらを睨んでいる』とか
『ガレージの車の屋根に喪服の老女が逆立ちしている』とか言うのよ。
ねえ。佳嗣。どう思う?」

と母はよく二階に上がってきて私に相談した。
そんな時の母は、とても心配そうで憐れむような表情を浮かべていた。

これは父の家系のようで、祖父も曽祖父も亡くなる前には同じようなことを
話していたとも母は言った。


スピリチュアル好きな私は、一種の霊感なのかとも思ったが、
精神科の専門書によると「レビー小体型」と言う認知症の一種らしい。
幻を見たり人の認識があいまいになったりする症状が特徴だとある。
本人はそんな話をしたことさえ、忘れてしまうこともあるという。


二階にある書斎でその本を見つけた母は、ある種の覚悟を決めたのだろう、
私と一緒に居間に降りると、新聞を読んでいた父に向かって
最近の奇妙な言動を説明した。
私の知らない父の言動は、ショックなものだった。

「夜中に布団の上で大声を出して歌い始める」
「客を連れてきたと言って誰もいないザブトンに話しかける」

母は涙を浮かべながら話し、
父は思いのほか落ち着いて聞いていた。

「そうか。それは気づかなかった。ありがとう。よく言ってくれた。
佳嗣。お前は分かるか」

「いや。俺は知らなかった」

それを聞いて父は、とても悲しそうな顔をして言った。

「そうか。いずれお前にも分かる時が来るだろう」

その時、私の頭に「家系」という言葉が浮かんだ。
と同時に、父の症状をしっかりと最後まで見続けようとも思った。
それは自分や妻のためでもあった。


しかし、大方の予想に反して、亡くなったのは母が先だった。
母を見送った数か月後、後を追うように父も亡くなり、
今年二人の十三回忌を迎えた。


最近、妻が私の方を見てとても心配そうな、憐れむような顔をしていることがある。

「どうかしたの?」と聞くと、

「あなた今、誰もいない椅子に向かって妖怪の存在の可能性を説明していたわよ」

とか

「神棚の前で踊りながら、
『狐と一緒に踊ってるんだ。お前も入りなさい』と誘ってきたのよ」

と涙を流しながら、悲しそうに言う。


そして妻は、そっと私の腕を取り、

「佳嗣さん。ここでゆっくり気分を落ち着かせてくださいね」

と言って、こたつの横に置いた古いLPレコードの上に
私を座らせようとするのだった。

そして私は、「ああ。ありがとう」と言いながら
貴重なコレクションを今日も踏みつぶしていく。

あの専門書には、こう書いてあった。

「認知症の患者さんは、否定されることをとてもストレスに感じます。
どんなことを言われても出来る限り、否定せずに受け入れて行動してあげることが、病状の進行を抑えることにつながります」

そうだ。少しでも良くなってくれるなら、コレクションの十枚や二十枚、
何ということは無い。
そう思いながら私は、あの時の父の言葉を思い出している。


「いずれお前にも分かる時が来るだろう」


                       おわり


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