見出し画像

「もえあち」・・・短編。魔法の言葉をつぶやく美女の想いは。


19日にラヂオつくばで朗読された作品に加筆したものです。

「もえあち・魔法の言葉」 作 夢乃玉堂

その日、出社した私、神谷あかねは、
オフィス内に、ため息が溢れるのを感じた。
入口に立つ女性が原因だ。
見上げるほどの長身、主張激しい胸元に引き締まったウエスト。
しなやかに揺らぐ栗色の長い髪。

「みんな。紹介するよ。色彩検定一級でインテリアプランナーの資格も
ある即戦力。与那城ハルさんだ」

課長が話す名前に覚えがあった。
沖縄で小中と同級生だった与那城ハルだ。
その日本人離れした美貌が、隣町の中学や高校でも噂になっていた。

外国人離れした平たい顔の私からすると、全く別世界の住人だった。

ハルは、中学1年の3月に突然転校していった。
スカウトされて東京でアイドルになるらしいと
嫉妬と羨望の入り混じったアヤシイ噂話がクラスに広がっていた。
でも、黒板の前で涙を流し、言葉を詰まらせながら挨拶するハルの姿は、
映画のヒロインそのもので、その噂を信じさせるには十分だった。

それから、20年が経ち、美しさに磨きをかけたハルは、
キラキラと光る緑の瞳を輝かせて、私の前に現れたのだ。

「あ! モミーじゃない? アタシだよ。ハルだよぉ」

オフィス中の視線が一瞬で集まり、私は顔を伏せた。
私の本名は、紅(くれない)と書いて「もみ」と読む。
紅葉(こうよう)の「もみじ」から、つけられたのだが、
どうせなら、葉っぱまで付けて、「もみじ」にしてほしかった。
だから、戸籍が必要な時以外は、
名前に「あかね」とフリガナを振っていた。
もちろん、就活の履歴書にも。
何か聞かれたら、「読み間違えが多いので」と
言い訳をするつもりだったが、これまで何も聞かれずに済んでいた。

なのに・・・平穏な日常はこの日で終わりを告げた。

「ねえモミーさん。ハルさんって彼氏いるのかな」
「モミーさん。ハルさんの趣味って何かなぁ」
「なあ、モミー。ハルさんの家、どこか知ってる?」

今まで神谷さん、神ちゃんと呼んでいた男性社員が
モミーと呼んで近寄って来る。
一歩間違えば、セクハラになりかねない呼び名だと誰も気付いていない。

「いい加減にしてください。
私は、与那城さんのマネージャーじゃありませんから」

「ごめんごめん。でも一つだけ聴いていいかな。
『もえあち』って何のこと?」

「何ですか?」

「ハルちゃんを誘ったら、『もえあち』って言われたんだ。
沖縄の言葉じゃないの?」

「もえあち・・・ですか? 聞いたことありませんけど」

「じゃあ、今度聞いといてよ。
どういう意味だろうって考えている内に彼女は仕事に戻っちゃったから、
俺、気になって仕方ないんだ」

「御自分で聞けばいいじゃないですか」

「ダメだよ。自分で聞くより、影で調べて話した方が
印象が良いし、近づきやすいだろう」

恋の駆け引きを隠しもしない男たちに呆れかえった
私だったが、上うな丼一杯で易々と買収された。

翌日の昼休み。
『もえあち』の意味を聞くため、私はハルを屋上に誘った。
ビルのオーナーの趣味なのか、屋上は公園のように整備され、
広いウッドデッキの合間には、桜やツツジの植栽がある。

「へえ。ビルの屋上とは思えないわね。遠足に来たみたいだわ」

私たちは、桜の木の横にあるベンチに腰を下ろした。
私は小さめのお弁当。
ハルは、ラップに包んだおにぎりを出して食べ始めた。
御飯と海苔の間から、具の鮭がはみ出している。

「いい年して、おにぎりひとつ握れないのかって思ってるでしょ」

「ううん。そんな事ないわよ」

「いいの。本当にアタシ、何も出来ないの。
グラビアやっても売れなかったし、女優にもなれなかった」

「そうか。やっぱりタレントになったんだね。でも、仕方ないわよ。
芸能界には山のように奇麗な女の子がいるんだもの」

慰めたつもりの私に、ハルは一つ息を吐き出して答えた。

「それ、井の中の蛙・・・って言ってるの分かってる?」

「あ。そんなつもりじゃ・・・御免なさい」

「相変わらず鈍感ね。良いわよ。怒ってる訳じゃないの。
アタシ、あの世界に向いてないのよ。
グラビア撮影でニコニコしてポーズ作ってても
スタジオの内装が気になってたし、
おかしくも無いのに笑って、とか言われたら無償に腹が立ってくるの。
挙句の果てに、芝居に人間が感じられない・・・だなんて、
意味分かんないわよ」

「そうね。人間がやってるのにね」

「でしょう。だからアタシ、
ずっと心の中で『もえあち』って唱えてたわ」

言い出すきっかけを探していた私は、唐突に訪れたチャンスに飛びついた。

「それよ。『もえあち』って会社の人に言ったでしょ」

「アハハ。あの下心丸見えの連中、わざわざモミーに聞きに行ったんだね。
あいつら、飲みに行こうってしつこいからさ。
つい、『もえあち』って呟いちゃったんだよね。
聞こえたんだな、きっと。意味なんか分かる訳無いのにね」

「私も知らないわ。何となく聞き覚えはあるけど・・・」

ハルは一瞬、戸惑ったような、悲しい表情を浮かべた。

「そうか・・・そうよね・・・いいわ。
ねえ。モミーは好きな人いるの? 愛してる人」

「(語気を強めて)何よ唐突に。どうでも良いでしょ。誤魔化さないでよ」

「いないのね。ホント? 絶対? 永遠に?」

「失礼ね。永遠かどうかは分からないでしょ。
そりゃあ、あなたは、昔からずっと愛されてたでしょうけど」

「いいえ。愛されてなんか無いわ。誓ってもいい。
みんな、連れ歩いて自慢できる女の子が欲しいだけ。
金メダルやトロフィーと一緒よ。可愛い友達、トロフィーフレンド、
奇麗な恋人、トロフィーガール、美人の奥さん、トロフィーワイフ。
親だってトロフィーチャイルドで一儲けしようと
芸能事務所に売り込んだんだから。もううんざり。
損得を考えずに付き合ってくれたのはモミーだけよ。
だから、アタシ・・・」

ハルは顔を赤くして黙りこくった。

「何? どうしたの」

「ううん。だからアタシは、中身で評価されたくて資格を取ったの」

「そうか。美人は美人なりに苦労があるんだね」

納得して話を終えようとした私の頭に、上うな丼が浮かんだ。
まだ肝心の答えが聞けてない。

「それで、『もえあち』って言葉の意味は?」

「フフフ。どうしても知りたいのね。いいわ。これはモミーのことよ」

「わたしの? どういうこと?」

ハルは、追い詰められた逃亡犯のように不敵な笑みを浮かべて語り始めた。

「転校した時のこと、覚えてる?
黒板の前に立ったらアタシ、物凄く悲しくなったの。
クラスのみんなが、物凄く遠い所から
羨ましい、妬ましいって冷たい目でみているように感じがしたわ。
一人ぼっちで寂しくて、体から力が抜けて、心はボロボロで
燃えカスみたいにクシャって崩れて、
そのまま無くなっちゃいそうな気分だった。
でも、モミーを見たら、普段と全く変わらずに友達の顔してるのよね。
普段と変わらずに、あるがままのアタシを
あるがままに見てるって思ったの」

『それは、芸能人になるのが当然だと思っていたから』
ハルの思い込みを訂正しようと思ったが止めた。
それこそ井の中の蛙だ。

その時思ったの。
よし、モミーが当たり前のアタシを見てくれているなら、私は大丈夫。
熱い気持ちで辛いことを跳ね返そうってね。
だから、燃えカスでもアチチ、『もえあち』よ。
それ以来、辛い事や嫌な事があったら、
『もえあち』って呟いて、モミーを思い出してたの」

私の頭に、ハルが転校する日の光景が浮かんだ。
全てに恵まれているハルが、
ぼーっと見ていただけの私の姿を心の支えにしていたなんて。

新人タレントが味わう我慢しがたいハラスメントにも、
見た目だけが目的で近づいて来る転職先の男たちの
間抜けなアプローチにも、私の事を思いながら耐えていたと思うと
目の前にいる桁違いの美人が、とてもか弱く、愛おしくて、
守ってあげたくなった。

「じゃあさ。これからは『燃えカスでもあちち』じゃなくて、
『モミーの事を、永遠に、あてにしてる』って考えなよ。
その方が素直で良いでしょ」

目を丸くして驚いているハルの手を取って私は立ち上がった。

「さあ。戻ろう。もうお昼休みは終わりだよ」

ハルは、天使のような微笑みを返し、
私の指に自分の指を絡めて来た。

二人は中学時代に戻ったように手を繋ぎ、
ウッドデッキの上をスキップしていった。
リズムを合わせ、心が通い合っているように見えるが、
二人の気持ちは少しだけ違っていた。
私は知らなかったのだ、『もえあち』の本当の意味を。
 
 『もえあち』は、モミーへの、永遠の、愛を、誓う。
 
という意味だった。
 
いつか告白できる日が来るだろうか。
ハルは、私の手の温かさを感じながらそんな風に考えていたという。
私が『もえあち』の本当の意味を知るのは、
それからずっと後、ハルとの別れが来た時なのだ。

何も知らない桜の蕾が、少し膨らみ始めていた。

          おわり

*この作品は、映画「静かに燃えて」のキャッチコピー、「告白できないこの想い」に発想を得て書き下ろしました。
ちなみに冒頭の写真は、下北沢の「キッチン水谷」の店内。カレーも美味しいです。

#映画 #ラヂオつくば #放送 #小村悦子 #短編 #小説 #朗読 #サイマルラジオ #Simple Radio #つくば You've got 84.2発信chu! #不思議 #美人 #日本人離れした #不思議 #女優 #沖縄 #琉球 #言葉 #方言 #アイドル #スカウト #トロフィーワイフ #トロフィーチャイルド #静かに燃えて #カレー




ありがとうございます。はげみになります。そしてサポートして頂いたお金は、新作の取材のサポートなどに使わせていただきます。新作をお楽しみにしていてください。よろしくお願いします。