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「坂半ばにて見たものは・・・」

旅先で見つけた物語の数々を紹介していきます。

『馬篭の坂』


突き進むだけの人生を選んだ男でも
自らの背中を省みる瞬間がある。


男は、故郷(くに)を捨て、
都で一旗揚げようとしてかなわなかった。

何もかも失って都を出るとき、
ひとつのことを誓った。

「故郷へ着くまで、決して後ろを振り向かずに歩く」

幼ささえ感じるような意地の張り方であったが、
己に枷をかけることで、
後ろ髪を引かれる思いを断ち切りたかった。
また、そんな事でもしなければ、
あまりに重い後悔に心が押しつぶされそうになっていたのだ。

うつむき、足元だけを見つめて歩き続けた男は
国境にある馬籠の宿に入った。

馬籠は山肌に寄り添うように佇む宿場町である。

そこまでなだらかだった街道は急に険しい斜面を登るようになり、
石畳の道を挟んで数十件の家が並んでいる。

「この坂を越えれば、故郷は目の前だ。」

男は、急な坂道を前にして溜息をつきそうになった。

子供の頃は山野を駆けまわっていたのに、
ほんの数年、なだらかで起伏の少ない都で過ごしただけで
男の足はすっかりなまってしまっていたのだ。

石畳はわらじの足に冷たく、
柔らかな畦の踏み心地が恋しく思えた。

敵の侵入をくい止めるため意図的に曲げられた枡形の道は
坂の終りを示さず、
まるで永遠に続く迷路のように思えた。

ようやく坂の半ばを過ぎたあたりの道端。
ひとりの商人が
重そうな荷物を脇に置いて汗を拭いていた。

「昨日まで俺がそこに居る。」

そう思いながら、男が横を通り過ぎようとした時、
商人が大きなため息をついた。

男は思わず足を止めた。

何か声をかけたかったわけではない。
そもそも、商いに失敗した男が何を言おうというのか。

だが、男は立ち止まらずにはいられなかった。
肩を落とし、疲れ切った商人に己が姿を重ね見たのかもしれない。

男が立ち止まった時、
商人が心の底から絞り出すように呟いた。

「ああ。良い実りだ。」

あまりに心地よく話す商人の言葉に、
男は枷も誓いも忘れて、後ろを振り返った。

男の目に移ったのは、どこまでも広がる豊かな稲田であった。

男の胸にそれまでの苦労と失敗が
なぜか喜びを伴って浮かんできた。

男は、時に振り返る事も悪くないと思った。
そして、人生という長い街道の
新たな一歩を踏み出す気になっていた。

馬籠の宿は、そんな旅人を迎えるため、
長い坂道を包み込むように佇んでいる。


             おわり


岐阜県中津川市にある馬籠は、中山道43番目の宿場で、木曽11宿の一番南にあたる宿場町です。水車が印象的な石畳の坂道の両側に宿場町らしい建物が並び、いにしえの面影を残しています。

国境の宿場でもある為、宿場に入る道は直角に幾度も折れ曲がり、敵の侵入を防ぎための桝形になっています。

坂の途中から見る、足元に広がる田園地帯はまさに絶景です。

この物語は、以前別の所でも紹介したものですが、改めてここで紹介させていただきます。


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