見出し画像

「麻田君、常夏の国で凍える」・・・凍死を意識した南国の旅とは。



旅行好きの麻田君ですが
意外にもハワイには家族旅行で一度行っただけでした。

麻田君はこの時、中学生。

「家族旅行なんて、もう卒業したいな」

なんて調子で生意気盛り。
そろそろ親の干渉が煙たく思えてくる年頃でしたが、
それでも初めての海外旅行、初めてのハワイは好奇心をくすぐり、「行ってやるか」などと可愛くうそぶいて、着いて行くことにしたそうです。

「俺は旅慣れてるから、特別な準備なんて要らないし、
馬鹿でっかいケースを持っていくようなダサい事はしないよ」

と、自立心が中二病を患ったような当時の麻田君、
国内の一人旅も経験していたこともあって
必要最小限まで荷物を少なくして
使い慣れたショルダーバッグ一つで出発しました。

両親と12歳になる妹の早苗ちゃんとの4人の家族旅行は
天気にも恵まれ、麻田君は明るく開放的な気候に一気に魅了されました。

ハワイに着いた当初は、

「ハワイなんて、ほとんどの所で日本語が通じるって言うし、
海外に行った気分にはならないよ。」

などと言っていたのですが、二日目からは
あれをやりたい、ここに行きたいと両親にせがみ出し、
三日目からは、ホエールウオッチングやシュノーケリングに
代表される南の島のアクティビティを満喫していたのでした。

そして、四日目の夜。麻田君はホテルのロビーに貼られていた
ポスターを長い時間見つめていました。

そして、

「みんなで朝日を見ようよ!」

と興奮気味に言ったのです。

それは、マウイ島最高峰のハレアカラ山から見るサンライズ・ツアー
ポスターでした。

「夜中出発だけど、眠かったらバスの中で寝ていけばいいから
皆で行ってみるか」

と両親の合意も取付け、夜中にゲームをする時間が少なくなる事を
ちょっと心配している早苗ちゃんを説得して、
麻田君の願い通り、翌日のバスツアーに参加することになりました。

まだ空の暗いうちに出発し、バスはハレアカラ山山頂を目指して
つづら折りの道をどんどん登っていきます。

情熱的な太陽が隠れていても市街地は暖かく、
バスは快適でした。

これまでの疲れがたまっているのか、
両親はバスが走り出すとすぐ眠ってしまい、
真っ先に眠ってしまうと思われていた小学生の早苗ちゃんは、
眠い目をこすりながら、バスの中でゲームに集中しています。

麻田君は、ちょっと心配になって、妹に声をかけますが、

「早苗。ゲームしたいのは分かるけど、寝ないで大丈夫か?
疲れちゃわないか?」

「ううん。大丈夫だよ」

早苗ちゃんは気のない返事。

「心配ないわよ。もう子供じゃないんだから。
お兄ちゃんこそ、大丈夫なの?」

そんな軽口を返してきます。

この時麻田君は、やっぱり面倒だな家族旅行は、と少し思ったそうです。

そんな麻田一家を乗せたバスは、ハレアカラ山を登っていきました。

やがて、車窓から見える風景が、木々が生い茂っていた森の道から、
徐々に緑が少ない高山の景色に変わっていきます。

「ほら。樹木が少なくなっていくよ。山が高くなれば植物は減るんだ。
森林限界って言うんだよ」

ゲームをしている妹に、最近覚えたばかりの言葉を
自慢げに語る麻田君でしたが、
結局早苗ちゃんは、時折景色を見るだけで、
バスが山頂に着くまでゲームを手放しませんでした。

ようやくバスが山頂に着き、麻田君たち一行は
バスを降りる時に、ドライバーに声をかけられたのです。

「元気な少年のファミリー。楽しんでおいで」

さっき妹に話しかけているのを聞かれていたのかと思って
軽く会釈をして、麻田君はバスを降りました。

その瞬間、ドライバーが言っている言葉の意味を理解したのです。

「さ、寒い!」

一歩バスの外に出ると、一気に寒さが身に染みてきました。

ドライバーは軽装の麻田君を「元気な少年」と言ったのです。

それもそのはず、ハレアカラ山は標高3055メートル。
日本アルプスの山々とほぼ同じ高さなのです

しかも、気温が最も寒くなる夜明け前。

暖かい海岸沿いのホテルからそのままTシャツ一枚で来た麻田君
ぶるぶると震え始めました。

「だから。大丈夫って言ったのに、お兄ちゃん」

早苗ちゃんは、自分のリュックから
上着を取り出し、しっかりと防寒対策をしています。

両親も他のバスツアーの乗客たちも、皆長袖。
麻田君だけが、真夏仕様だったのです。

「あら。あんた、上着持ってこなかったの?」

とお母さんもちょっとあきれ顔。

『言ってくれればいいのに』と心の底ですねてみても後の祭り、
出発時にカッコつけたツケが、こんなところで回ってきたのです。

短い袖から出る腕をさすって震えている浅田君の肩に
マフラーがかけられました。

ちょっとタバコ臭いお父さんのマフラーです。

それを見た早苗ちゃんは、

「しょうがないな。馬鹿なお兄ちゃん」

と言って、妹はリュックから手袋を出して貸してくれたのでした。

『親にもあきれられたし、旅行中、早苗には頭が上がらないだろうな』

小学六年生に助けられた麻田君はすっかり意気消沈。

重い気持ちを抱えながら、明るくなりつつある東の空を
凍える肌を擦りながら、ぼおっと眺めていました。

そして、20分ほど経った頃。

雲の切れ目から、まっすぐに伸びる光が射し、
太陽が顔を出したのです。

眼下に広がる神々しい雲海。
寒さに震えていた顔に柔らかな温かさの光が当たると、
今までの後悔や慢心が全て浄化され、何とも言えない
優しい気持ちが心の底から湧き上がってくるのを
麻田君は感じました。

「こんなに冷たい空気と、その空気の中を貫いてくる光の温かさの
両方がすごく気持ちいい。
ハワイって、どこも暑いだけだと思っていたけど、
こんなに寒い思いをするところもあるなんて全然知らなかった。
世界には、行ってみないと分からないところがいっぱいあるんだ」


その時麻田君は、心に決めました。

「まだまだ知らない世界を知りたい」

こうして麻田君の、世界を放浪する人生の幕が上がったのでした。


                おわり







画像1


#麻田君 #旅行 #旅 #ハワイ #日の出 #ハレアカラ山 #サンライズツアー #南国 #極寒 #Tシャツ #放浪 #油断 #マウイ島 #初めての海外 #妹 #中二病 #旅慣れた #慢心 #短編 #ショートショート #小説 #朗読 #夢

ありがとうございます。はげみになります。そしてサポートして頂いたお金は、新作の取材のサポートなどに使わせていただきます。新作をお楽しみにしていてください。よろしくお願いします。