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「吊るし雛」・・・怪談。娘の学校で父親が見たものとは。


『吊るし雛』


授業参観に来るように、妻が念を押してきたのは
晩酌のビールが終わりそうな時だった。

「俺は仕事だから無理だよ。母親だけで良いだろう。」

「だめよ。調整して。
他の生徒さんは全員ご両親揃って出席するのよ。
美香だけ一人じゃあ格好がつかないじゃない」

「面倒だな。だから伝統にうるさい私学になんか
止めときゃ良かったんだよ」

「何言ってんの。あなたの卒業した学校でしょう」

「だから嫌だったのさ、あの学校はね・・・」

「ああ。もういいから。とにかく来週火曜日よ。お願いね」

最後は押し切られるように話は終わりになった。
これ以上抵抗すると、「来月の小遣いを減らす」という
伝家の宝刀が抜かれるような気がする。

俺は、仕事のスケジュールを調整して、職場から直行して
学校で合流すると伝え
、わずかに残ったビールを
喉に流し込んだ。


娘の入学式以来1年ぶりに小学校を訪れた。
華やかな入学式の時とは違い、平時の小学校は
妙に地味で暗く感じた。

待ち合わせは、美香の教室1年2組の前の廊下だ。
俺が遅れたらそのまま教室に入って待っているつもりらしい。
それなら、一人で行っても良いじゃないか。

俺は、ボヤキながら一人で校舎に入って行った。

伝統校らしく古い造りの校舎で、県の重要文化財に
指定されるという噂もあり、老朽化しても取り壊しできずに
残されている。

下駄箱からまっすぐに理科実験室や美術室に
挟まれた長い廊下
があり、
その先に一年から三年生までの教室がある。

俺は、この暗く廊下が大嫌いだった。
いつも日が当たらず、ひんやりとしていて、
学校行事や季節に合わせて、壁や天井に飾り付けをするのだが、
天井は中々手が届かないらしく、埃だらけでいつの物か
わからないような古い展示物
がいつまでも
ぶら下がっていて、気味が悪かった。

「いつも始業のギリギリまで、友達と下駄箱の横で話をしていて
チャイムが鳴ってから、うつ向いて全速力で教室まで走ったっけなぁ」

もはやノスタルジーでしかない思い出だが、
天井に何か残っていないか、逆に確かめたくなった。

「お。あるある。まだ何か吊り下げてるんだ。
伝統は守られてるんだな」

薄暗い天井から、15,6体の人形がぶら下がっている。
光が回りきらないために人形の形はよくわからないが
皆宮廷で宮様が着るような衣装をまとっている。

「吊るし雛か」

俺は手前の壁に貼られている案内を読んだ。
いくつか文字が汚れていたが、どうにか内容は分かった。

「何々、この吊るし雛は、学校が好きすぎて
学校から・・・ナントカ・・・られない人々の人形
ですぅ?
何だろうこれ。何を『られない』んだ。
つまり何かできなくなったってことか?
『忘れられない』かな。いや、だったら、学校『を』だろう。
妙な書き方だな」

俺はもう少しよく見ようと吊るし雛に近づいた

「うわあ。趣味悪いなぁ」

普通、吊るし雛は、胴体に吊るす赤い糸が通してあり、
背中あたりから糸が出ているのが普通だ。
しかし天井の吊るし雛は、首に直接糸が巻かれていて
ぶら下げられている。

「これじゃあ。子供たちが怖がるだろう・・・」

とつぶやいた瞬間。

全部の雛人形が、回り出した。
どこからか隙間風にでも吹かれているのだろうか、
ゆっくりと、こちらに見せていた顔が向こう側に回り、
再びこちら側に回ってきた時

俺は思わず悲鳴を上げた。

「ぎゃああ」

つるりとしていた作り物の人形の顔が、
苦痛にゆがむリアルな人間の顔に変わっていたのだ。

呼吸を求めて口を開け、泡を吹いてよだれを垂らし、
叫ぶように宙に向かって訴えるような眼をしている。

小さな雛人形の顔だけが人間で、
その首に天井から垂れた紐が巻かれているのだ。

俺はあまりの恐怖にその場に座り込んだ
すると、上を見上げて顎を上げている俺の首に
細い紐が絡みついてきた

天井からぶら下がっている糸と同じ、赤い紐が。

俺は首に絡む紐を振りほどくと、
四つん這いのまま、廊下を走り、校舎を飛び出した

「何してんの?」

「うわああ!」

声を掛けたのは、妻だった。

「あれ、あそこ・・・」

「あそこって?」

俺は、今飛び出してきた古い校舎を指さした。

しかし、そこには何もなく、整備したての校庭が広がっていた。

「え? そこに古い校舎があっただろう」

「しっかりしてよ。旧校舎は、美香の入学式の時に
取り壊してたじゃない。忘れたの?
入学式が終わってから、散々思い出話をしてたくせに」

そうだ。思い出した。
入学式の横で取り壊し工事をしていて、
すごく残念な気分になったんだ。

あまりいい思い出が無かったような気がしていたけど、
まだ心はこの学校から離れられないでいたんだな、
と思ったのを覚えている。

「うん? もしかして」

俺は廊下に張り出されていた文字を思い出した。

学校から・・・られない人というのは
学校から離れられない人という意味だったのか。

もしあのままいたら、俺はそのまま
学校に取り込まれてしまったのか・・・そんな馬鹿な。
さっきのは何かの見間違いだ。
現にこうして旧校舎はないじゃないか。


「あら。どうしたの。こんなの巻きつけて」

妻が俺の首に絡みついていた、細く赤い糸を摘まんで見せた

恐怖で動けなくなった俺の耳に、チャイムの音が聞こえてきた。


                 おわり





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