オリジナル ショートショート いつか、の、じけん ~どうだかねえ〜
梅雨らしく、小雨のしとしと降る夜だった。
行きつけの弘明寺の格調低い寿司屋、、、
おっと、
親しみやすい下町情緒の残る小粋な店で、私は寿司なんぞをつまみながら、飲んでいた。
むろん、芋焼酎を。
私はいまだに、寿司屋でしたり顔をしてワインを飲む輩ほど信用できないものは無い、と思っている。
だいぶん酒も進み、宵も酔いも、ふけてきたころで、気づけば客は私だけになっていた。
大将も気の置けない私だけになったためか、やや冗舌になっていた。
「いやあ、参っちまいますよ」と、苦笑いしながら、その話は始まった。
「また振られたんですか?」と、私が意地の悪い返しをする。
「いやあ、ある意味、逆と言いますかね」
「逆?」
「それがねえ、一昨日の晩、風呂に入っていたら』
ギュっと絞ったガリを置いて、ニヤつきながら 大将は言った。
『のぞきにあったんですよ!」
「ええ!?」
私はあれっ、と思った。その店は三階建てで、一階が店舗、二階と三階が居住スペースになっていたからだ。
「でも、風呂は一階じゃないでしょう?」
「そうなんですよ、それが野郎、隣の家の壁と、ウチの壁に足を掛けて、よじ登ってきやがったみたいで」
「へえー、横浜の下町にも、スパイダーマンがねえ」
「しかし、ご苦労なこった、わざわざそこまでして、五十路のオヤジの裸を拝んでんだから!」
私も大将も、何も考えずにゲタゲタと笑っていた。ひとしきり笑い終え、一瞬の静寂が訪れる。
その時だった。
「どうだかねえ」
その静寂を、出し抜けにテレビの音声が破った。単なるドラマのワンシーンだった。
しかしその刹那、大将はハッとした顔をして、 言った。
「そうか、どうだかねえ」
……ようやく、私も理解した。
「その男、もしかして、最初から男の裸が目当てだったんじゃ…」
遠くで、救急車のサイレンの音が微かに鳴っていた。
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