見出し画像

食パンの行方 01「回想」(連載小説)


私が起きるのはいつも2番手だ。

寝室からダイニングに向かうために階段を降りる。着替えは後で、いつも先に朝食を摂る。
朝起きて早々に着替えなんて労力の使うことは私には出来ないからだ。

寝間着のまま1階に降りてダイニングへ向かうと、そこには既に新聞を広げながら朝食を摂るお父さんが座っている。

「おはよ」

お父さんは一瞬だけ視線を新聞からこちらに移し「おはよう」と返してくれる。

既にスーツ姿のお父さんは私と違って朝食よりも先に着替える。
髪もセットして、持ち物も全て準備して、テーブルには財布と携帯電話と車のキーをまとめて置いて、後はジャケットを羽織れば出発できる状態にしている。

私はお父さんには似なかったようだ。

私はまずダイニングを通り過ぎてキッチンへ向かう。
そして戸棚の一番下の食パンを取り出す。
残りが4枚になっている6枚切りの食パンの封を外して1枚取り出す。
それをトースターに入れる。我が家のトースターはダイヤルが1~5まであって、大きい数字ほどよく焼く。

先にそれを使ったお父さんはよく焼き派なのでダイヤルは4を指している。
私は2と3の間にダイヤルを合わせる。ちょっとだけ焦げ目が付く様な絶妙な焼き具合が私なりの拘りだ。

冷蔵庫の中を一通り見回して今日の朝食を決める。と言ってもパンの上に何を乗せるか決めるだけだ。

しかし今日は、というか先週くらいから何も無い。普段だと、イチゴジャムだったりピーナッツバターだったり、ハムだったりシーチキンだったりがあったりもするのだが、最近は何も無い。

あるのは常備品であるマーガリンだけだった。仕方ないのでそれを取ってシンクに置く。
そして食器棚の左下、グラスにたくさん刺してあるスティック状のグラニュー糖を手に取る。
これでシュガートーストを作るのだ。

ガシャン―――――

パンが焼けて勢いよく飛び出す。
香ばしい香りに絶妙な焼き目のトーストを皿の上に乗せて、熱いうちにマーガリンを薄めに満遍なく塗る。その上にスティック半分の量のグラニュー糖をサラサラと塗す。
これでシュガートーストの完成だ。

これで本当に完成だ。

本来のシュガートーストの調理手順とは若干違うが、これが我が家のシュガートーストだ。
何故なら、うちにはポップアップトースターしかないからだ。

このトースターはパンを縦に入れて焼く。
その為焼く前に塗ってしまってはトースターに入れる際に全て流れ落ちてしまうのだ。
なので焼いた直後のパンの余熱を使ってマーガリン等を溶かす。
この手法がうちの当たり前だ。

出来上がった朝食とインスタントコーヒーを持ってダイニングへ向かう。

因みにコーヒーは先に起きたお父さんがお湯を既に用意していてくれるのですぐ淹れられる。

「いただきます」と手を合わせてからトーストにかじりつく。
外で鳴く雀の声が聞こえる朝の静かな空間にシャクリと音が響く。
このゆったりとした時間が眠くて憂鬱な朝の中でも好きだ。

しかしこの時間は束の間、もうすぐ我が家の忙しない朝がやってくる。
まさに今、その足音が近づいてきた。

ダッダッダッ―――――

階段を降りてきたのは、絶対に時間ギリギリになるまで起きてこないお母さんだ。

もう既に急ぎ足で私たちに「おはよ!」と声をかけてキッチンに向かう。
そして15分もかけずにお父さんとお兄ちゃん、そして私のお昼の弁当を作ってくれる。
お母さんは寝起きにも関わらず完璧な動きで1分1秒も無駄にしない。

続いてお兄ちゃんと弟が降りてくる。
こうなってくるともう私がまったりできる時間はないのでさっさと食べて着替えて準備して家を出る。
先ほどの緩やかに流れる時間が嘘のように素早く身支度を整える。

私はお母さんに似たのだろう。

我が家の朝は3割の穏やかなひと時と7割の慌ただしい日常で出来ている。


#小説 #短編小説 #連載小説 #連続小説 #オリジナル小説
#小説家 #小説家志望 #小説家になりたい
#毎日投稿 #毎日小説 #毎日note
#日常 #朝 #パン #食パン #家族 #全5話 #第1話

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?