【短編小説】「1989」第六話(全七話)
以前描き下ろしたギター小説を加筆修正した(している)ので、全七回で連載したいとおもいます。
「1989」第六話
何かを試されている感じがした。わたしはケースからギターを取り出す。事務所にはいくつかアンプが置かれていたので、そのひとつに結線する。少しだけコード・ストロークで暖気をし、ナナミの奏でるコードにフレーズを被せた。とたんにナナミの指はハーモニーを移調した。わたしは神経を研ぎ澄ませてそれに応じる。指先で押さえるノートは、予定調和のものではなく、ギリギリのサウンドでそれに応える。さらに移調は続く。なんだこれ。
気持ち悪いけど気持ちいい。振り回される感覚でギターを奏でる。ナナミの横顔をちらりと見ると、ほんの少し微笑んだような感じがする。彼女はキーボードに指を乗せたまま演奏を止める。純然たるCのメジャー・コード。わたしはそれに対して平行調のAマイナーのペンタで応える。ちょっとミスった。ナナミが明快に笑顔を浮かべる。
「うん。このひととならサウンドできる」
ナナミとわたしのユニット結成が決まった瞬間だ。
ナナミの作曲のもと、わたしはギリギリの技量でペンタを奏でる。彼女の目論見通り、わたしのギターは、その世に価値を放ちつつある。しかし、その一方、音楽の祝福が濃くなるに反比例して、学業からはどんどんと遠ざかっていく。
二月末に同郷のコマバから電話があった。家業を継ぐため退学する、と。
一方、学業を放棄して青春を謳歌していたわたしは、絶望的に単位を落としていて留年が決定していた。もう一度、一年生でもいいから、正しい記載で学生証を拝みたい。と、思った。
数か月粘って入手した学生証。単位はスカスカだから、もちろんダブりだ。『発行日:平成2年』と記されていた。ようやく昭和から解放された。
確認したあとは、ていねいに学生証をへし折ってから、学食わきのゴミ箱に棄てた。スッキリ。学生課で退学届けを出し、南青山にむかう。
親友のコマバもいない大学には、もはや一片の未練もなかった。
ナナミはすでにキーボードの前でスタンバイしていた。わたしの到着を待っていたかと思うと、少し胸が弾んだ。
「ケイノ、おっそい」
目線すらくれずにナナミは鍵盤を手繰る。わたしは、いつものようにギターをアンプにつないで、マイナー・ペンタを奏でる。タムラさんがしてくれたように、バックのコードをシフトすることで、そのペンタは響きを変える。在り方が変わる。
わたしとナナミのユニットは、様々な催事で音を奏でた。
気づくと前座や対バン形式ではなく、ソロでライブハウスを満員にしていた。
ヤガミさんのプロデュースに盲目的に従っていると、やがてそれは武道館での単独ライブになっていた。
ヤガミさんと交わした契約は「基本給三万円プラス出来高や印税その他」が給金となることを示していた。武道館で演奏するころにはその契約に従って四枚のアルバムを出した。それは、カラオケ・ボックスのアルバイトで得ていた収入の数十倍のものを稼ぎ出していた。
ナナミ主導で輩出する楽曲は、オリコン上位にくいこむ。
自分のギターはその成果に貢献しているのか、雑念が常にまとわりつくが、アルバムを聴くたびに「やはり自分でないとこれは成せない」と感じて納得する。洗練されたナナミのストーリー・ラインを倍音たっぷりで彩るわたしのギター。化学反応。
そんな中、スキャンダルが生じる。
つづく
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