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【短編小説】「1989」第五話(全七話)

 以前描き下ろしたギター小説を加筆修正した(している)ので、全七回で連載したいとおもいます。

「1989」第五話

 翌週ギター・ケース片手に、のこのこと訪れたのは南青山のマンションにある音楽事務所。ヤガミさんは忙しそうに電話で会話をしていた。
「ん、そんなかんじでシクヨロー!」と、受話器を置いてわたしの方に振り向く。
「ケイノく~ん。まってたよ~。こんど売り出すユニットのギタリスト探しててさ、大学の学祭まわりしてたら、ちょうどいい感じのコがいて、思わず声かけたんだよ」
「……どんなユニットなんですか?」
「ちょっと打ち込みでダンサブルな感じなんだけど、メイン・コンポーザーのキーボーディストがめんどくさくてね~。ギターが産み出す倍音とブルージーが欠かせないって言って、そつなく演奏するメチャうまなギタリストを敬遠してるんだよね」
 おおむねなにを言っているのか理解できない。
「えっと、おれ、おぼつかないから誘われたってことですかね」
 すこし心がもやっとする。
「……んー。おぼつかないのも価値だよ。自分が持っている語彙だけで戦う姿勢って美しいと思う。たぶん、このユニットのキーボーディストもそういうことを求めている」
「……わかりました。では、そのひととあわせてもらってもいいですか」
「うん、となりの応接室にいるから呼んでくるよ~」

 応接室から姿を見せたのは、わたしと同年代の女性。ショート・ボブの髪をかき上げながら事務室に歩いてくる。
「ケイノくん。こちらコンポーザー兼キーボーディストのナナミ」
 ナナミと紹介された女性はわたしを見やると、事務室わきにあるローランドのシンセのまえに座る。カタカタとスイッチ群をいじる。彼女の足元にあるスピーカーからハモンド・オルガンの和音が響く。と、同時にわたしに目線を投じ、顎をしゃくる。
「?」
 わたしはうろたえる。
「アナタ、その手に持っているもの、なに?」
 右手にあるもの。それはギター・ケースだった。

つづく

↓ 前回までの連載はこちら

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