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【短編小説】「1989」第四話(全七話)

 以前描き下ろしたギター小説を加筆修正した(している)ので、全七回で連載したいとおもいます。

「1989」第四話

 十一月なかば。電大の学際が催される。校内の大講堂をステージにしてさまざまなパフォーマンスが披露される。われわれ軽音部は、皆が知っているJ―POPのカヴァー二曲とオリジナルを三曲演奏する手はず。持ち曲としてのオリジナルはもっとたくさんあったが、タムラさんいわく「誰もしらない曲やっても振り向いてもらえない」とのことで、バランスを鑑みての選曲になっている。司会の進行でわれわれはステージに立った。
 この期におよんでも、わたしはマイナー・ペンタしか習得していなかった。だがしかし、全曲八小節のギター・ソロがお膳立てされている。逃げ場はない。この道具だけで乗り切るんだ。もはや単位も絶望的。せめてなにかで光を放たないと自分を保てない。

 ハイハットのカウントで始まるその曲はオリコン1位に輝いているコッテコテのJ―POP。田舎の片隅で洋楽至上主義を貫いていたわたしからするとアレルギーを感じぜざるを得ないものだったが、分解して解析すると計算ずくの構成だったことに気が付く。メロディ・ラインから歌詞の持つ含み。濁音、半濁音のバランス。歌い手の声質を想定して創られたそれは、商業的な彩をまといながら、ひたすらにアートだった。
 聴衆が耳を傾ける。わたしは無心にギターを奏でる。ソロ・パートもマイナー・ペンタで乗り切る。だって、他に知らないし。ひととおりの演奏を終えると、想定していたよりも大きな拍手を贈られた。

 ステージから降り、ギターをケースにしまう。疲れた。ギリギリの持ちネタで、ギリギリを超えた表現ができていた気がするが、とにかく疲れた。大講堂わきで腰を下ろし、窓ガラス越しに紅葉した樹を見上げる。
 あー。もう秋なんだな。ぜんっぜん授業内容にもついていけていないし、これからどうすればいいんだろう。と、考えていると、三十代半ばくらいの男性がしゃがみながらわたしに話しかけてきた。
「やっ、キミ、さっきのバンドのギタリストだよね」
「……はい。そうだと思います」
「思います。って、自分のことでしょ?」
「はあ」
 思考が整わない。
「ペンタ一辺倒で、あれだけ貫き通すって、なかなかの胆力だよ~」
 いや、それしかできないし。しらないし。中年男性は胸元から名刺を取り出す。
「ボク、音楽プロデューサーのヤガミといいます。いま絶賛若手発掘中でね。キミ、いいよ。その姿勢。これからの音楽シーンで活躍できると思う」
 名刺を受け取ると、今回演奏したオリコン上位曲を輩出したレーベル名が記されていた。

つづく

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