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ライター・作家 権藤将輝(ゴンドーマサキ)
2020年4月23日 18:04
大地を創った王が天に召される数日前。王は、3人の家臣を集めた。彼らは優秀で、王亡き後の世界を託されている。武力を司る勇敢なスコット、民の暮らしを見守る物静かなアリテージ、そして、生命を癒す歌うたいのハメロンだ。王は、3人に告げた。「この中から好きなものを選べ」ひとつ、何でも切り裂く剣。ひとつ、この世で最も速い馬。ひとつ、世界中に声が届くメガホン。どれも全知全能の王の力が込められた宝だった。
2020年4月21日 19:02
「ココちゃん、逃げよう!」そう言って悠斗が家を飛び出したから、心音は急いで後を追った。おかあさんに叱られないか心配だったけど、ふたつ年下でまだ小学1年生の悠斗をひとりにするわけにはいかない。裸足でスリッパを履き、できるだけ早足で歩く。最初の角を曲がったところで追いついた。狭い路地に佇む悠斗が、不思議そうにこちらを見上げる。「どうしてそれ持って来たの?」心音の手にはカップラーメン。お湯を
2020年4月18日 20:23
「このたびは、受賞おめでとうございます」インタビュアーに祝福されるも、まだココロは実感が湧かなかった。無理やり口角をあげてはみたが、ちゃんと笑顔を作れているのか不安になる。さっき金屏風の前で写真撮影をしたが、どんなふうに写っているのだろう。こんな日が本当に訪れるなんて、思ってもみなかった。一時は小説を書くことをやめた。けれど、やめられなかった。もしかしたら、これが血というやつなのかもしれな
2020年4月17日 18:57
「満月の名前って、こんなにあるんだね」僕は、美玖が差し出したスマホの画面をスクロールする。ウルフムーン、スノームーン、ワームムーン、ハンターズムーン、ビーバームーン。確かにいっぱいある。「どうしたの?急に」「いや、これ食べてて思い出したから」指でつまんでいたのはイチゴだった。「イチゴの収穫が6月だから、その時期の満月をストロベリームーンって呼ぶようになったらしいよ。月が赤とかピ
2020年4月16日 21:22
「昔々、世界には色が無かった」。僕は子どもの頃、そう思っていた。厳密に言えば、色があった事実を信じ切ることができなかった。親が見せてくれるのは、モノクロ写真ばかりだったから。町にも、空にも、着ている服にも、そして、人間にも色が無い。母親に聞いてみたことがある。「お母さんが小さかったとき、空はこんな色をしていたの?」「今日みたいな青い色をしていたよ。空は今より綺麗だったかなぁ」若かりし母
2020年4月15日 20:54
下校中、凛香を見た。彼女の視線の先には、信号待ちの黒塗りの車。権力者の象徴だ。周りの空気が小刻みに震えて見えるほどの迫力を纏っている。今から2年前、凛香の父は突然の心筋梗塞で息を引き取った。その日は高校の入学式で、私もはっきりと覚えている。隣に座っていた凛香は、担任から静かに声をかけられると、式を途中退席した。すぐに病院に直行したが、間に合わなかったらしい。後に「過労によるストレスが原
2020年4月14日 20:36
空にきれいな満月が浮かぶ夜。お城の中の王の間(ま)で、王様はひとりの男と向き合っていました。部屋には二人きり。他に召使いはいません。立派な椅子に腰かける王様の前に直立する男。その顔は、なんと王様と瓜二つです。深く刻まれた二重の目や鼻の下に蓄えた左右に伸びる髭、大きな鼻に少し尖った耳、それから薄い唇や右頬にあるホクロの位置まで全く同じ。着ている服の素材が絹か麻かの違いを除けば、どちらが王様か見分
2020年4月13日 20:28
地面をずるずると引っ張られているのは凧だった。リビングで寛いでいると呆れ顔の妻がひとり帰って来て、すぐ近くにある公園に娘を迎えに行くように命じられた。「凧があがるまで帰らない」。駄々をこねているという。つっかけを履いて外に出ると、空には雲ひとつない。冬のわりに暖かく、無風だった。歩いて数十秒の公園に向かうと、娘の凪(なぎ)が項垂れながらぐるぐると歩いていた。無抵抗な凧が一定の距離を保ちなが
2020年4月11日 21:09
僕が育った田舎町には「虹色おじさん」と呼ばれる人がいた。正確な年齢は知らないが、今思えば「虹色おじいさん」と言った方が適切だったかもしれない。ただ、僕が物心ついた頃には呼び名が定着していたから、ずっと前から「虹色おじさん」として生きて来たのだろう。名前の由来は誰が見ても明白で、いつも虹色に包まれていた。虹色のオーバーオールに虹色のキャップ。畦道や水路橋、どこにいてもかなり目立つ。誰かが声をかけ
2020年4月10日 18:01
夢から覚めると事件が起きていた。コーヒーカップが消えたのだ。僕はパニックの最中にいる。食器棚や食器乾燥機の中、どこを見ても昨日まであったコーヒーカップがない。我が家にあるコーヒーカップは、僕と妻の二つだけ。どうして予備を買っておかなかったんだと昔の自分を責めるが、すぐに反論された。「コーヒーカップが消えるなんて想定外だ」。割れたり欠けたり、そんなことはあるだろうが、それでもコーヒーカップは
2020年4月8日 20:59
ありったけの青色で塗り切ったような雲ひとつない晴天で、英太は腹が立ってしょうがなかった。雨が降っていれば、それはそれでイラついていたに違いない。だとしても、せめて曇っていてくれさえすれば、鬱屈を紛れさせることはできたはずだ。自分だけが白日の下に晒されているようで胸くそ悪い。ギターを抱え、ストリートライブに向かうが、英太の足取りは重かった。昨晩、ライブハウスのオーナーに紹介してもらったプロデュー
2020年4月7日 20:50
「透明人間になりたいと思ったことない?」校舎の屋上。こんなところのベンチに座ってお弁当を食べたがるのは、京香という人間を如実に表している。まさしく青春っぽいシチュエーションと、それを謳歌できる自分に酔っているのだ。梓は、屋外で食事をとるのが好きではない。虫が苦手だし、紫外線も気になる。テニス部に所属して健康的に焼けている京香には口が裂けても言えないけれど、梓には透き通った白い肌くらいしか自
2020年4月5日 21:12
「急に思い出した」「ん?」「小学校のとき、埋めたの」「何を?」「死んだおじいちゃんの服とか」波打ち際に並んで立つ美優が遠い目をしている。風が強く、春とはいえ曇天で、寒い。背筋まで凍ってしまいそうで、友哉はパーカーのファスナーを急いで閉めた。他には誰もいなくて、波の音が一定のリズムで轟いているのが急に気味悪い。「不法投棄じゃん」「たぶんね」まさか時効を待って打ち明けた
2020年4月3日 21:36
こんな時間に帰れるのは、いつぶりだろう。駅から自宅への道のり、たくさんの人とすれ違う。いつもはこんなんじゃない。人はまばらで錆びれた街灯が寂しく闇を照らしている。今日は定時であがらせてもらった。小さな会社に働き方改革なんか無い。終電で帰る日々が続き、異変を感じたのは数日前のことだ。身体がつらいと気が滅入る。自然と視線は下りがちになり、どんよりとした灰色の舗装が心に重くのしかかった。自宅は緩