ショートショート『春の海に背を向けて』
「急に思い出した」
「ん?」
「小学校のとき、埋めたの」
「何を?」
「死んだおじいちゃんの服とか」
波打ち際に並んで立つ美優が遠い目をしている。風が強く、春とはいえ曇天で、寒い。背筋まで凍ってしまいそうで、友哉はパーカーのファスナーを急いで閉めた。他には誰もいなくて、波の音が一定のリズムで轟いているのが急に気味悪い。
「不法投棄じゃん」
「たぶんね」
まさか時効を待って打ち明けたわけではないはずだ。凶悪犯罪じゃあるまいし。あまりにも自然だったから、本当に今の今まで忘れていたのだと友哉は思った。
「なんで埋めたの?」
時折、顔にかかった長い髪を指でかきわけて、海を眺めながら美優は答えた。
「簡単に言えば『風習』なのかな。親や親族に海に連れて来られて、みんなで砂浜を掘って埋めて。そうそう、埋め終わって帰るとき、絶対に振り返るなとも言われたっけ」
友哉には聞いたことのない話だった。でも、自分の知らないことだからといって、存在しないとは限らない。
「振り返ると、どうなるの?」
「連れて行かれるって」
美優は笑ったが、この手の話が苦手な友哉は首をすくめた。
「トモくん、かわいいね」
もしかしたらからかわれているのではないか。そんな疑念が湧いた瞬間、今度は美優から尋ねられた。
「トモくんは何か埋めたいものとかないの?」
「埋めたいもの?」
咄嗟に言われても友哉には全く思い付かなかった。でも、おそらくほとんどの人が自分と同じ反応を示すのではないか。普段から「あれを埋めたいな」なんて考えている人は稀だろう。
「私はね」
言葉に詰まっていると、美優が話し始めた。
「いっぱいあるよ。捨てたくはないし、燃やしたくもない。そんなものがいっぱいある」
それが元カレからのプレゼントなのか何なのか、友哉には見当が付かないが、正体を突き止める勇気は持てなかった。
「ねぇ?トモくん」
「何?」
「未来って明るいのかなぁ?」
涙声で震えを帯びていた。目の前に広がる海は灰色で、すべてを包み込んでしまいそうなほどに深い。母性の象徴として語られる反面、偉大な包容力ゆえの畏怖は凄まじい。だからこそ、何もかもを投げ打って委ねてしまっても、人は許されるように感じてしまうのかもしれない。
「それはわからない。けど」
そこまで言うと、友哉は美優の手をつなぎ、海を背にして歩き始めた。
「絶対に振り返るな」
鼻をすするのが波に紛れて聞こえる。下を向いて歩く美優は、友哉の手をぎゅっと握った。
fin.
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