ショートショート『ハメロンのメガホン』
大地を創った王が天に召される数日前。王は、3人の家臣を集めた。彼らは優秀で、王亡き後の世界を託されている。武力を司る勇敢なスコット、民の暮らしを見守る物静かなアリテージ、そして、生命を癒す歌うたいのハメロンだ。王は、3人に告げた。
「この中から好きなものを選べ」
ひとつ、何でも切り裂く剣。ひとつ、この世で最も速い馬。ひとつ、世界中に声が届くメガホン。どれも全知全能の王の力が込められた宝だった。
「私は剣をいただきます」
真っ先に声をあげたのはスコットだ。筋骨隆々とした肉体。他の2人に異論はない。
「ハメロンはどっちにする?」
アリテージが尋ねた。
「アリテージ様はどちらがよろしいですか?」
その昔、ハメロンは自信を無くしていた。歌うたいの自分は役に立っているのだろうか。そんなとき、励ましてくれたのがアリテージだった。
「やはり、メガホンか?」
ハメロンが小さく頷くと、アリテージは王に跪いた。
「王様、私は馬をいただきます。世界中を駆け巡り、これからも民に寄り添います」
こうして、剣はスコットが、馬はアリテージが、メガホンはハメロンが譲り受けることが決まった。王宮を出た後、別れた3人の表情は同じではなかった。スコットは苛立ち、アリテージは微笑みを浮かべ、ハメロンは泣いていた。
王を喪って数年、しばらく続いていた平和が脅かされようとしていた。スコットが、武力でもって世界を我が物にしようとしているらしいことが判明したのだ。
今なお王を愛する民は怒りに震え、蜂起した。宮殿内に裏切り者がいるとも思わないスコットは、睡眠薬を盛られ、寝首をかかれて呆気なく命を落とした。何でも切り裂く剣は、枕元で神々しく輝いていた。
ハメロンは、世界中に悲しみの歌を響かせた。共に王に仕えた家臣だ。魔が差したのかもしれない。メガホンで民に弔いを呼びかけると、民も涙を流した。
「スコットは、お前に馬をもらってほしかったんだろうな」
ハメロンの宮殿で、アリテージはぼそっとつぶやいた。武力こそ守る力と信じていたスコットは、民と気さくに交流するアリテージの人気に嫉妬していたのだ。
「あんなときまで苛立ってたから、少し笑ってしまったよ」
あの日を思い出したのか、頬が緩んだが目つきは鋭かった。
「ハメロン、嘘だったんだな」
アリテージの両手はきつく縛られている。
「そんなことよりアリテージ様、世界中で盗みが発生しているのですが、誰も犯人の姿を見ていないそうでして。もしかしたら、速すぎて人間には見えないのかと。そういう噂が、まことしやかに流れております」
「お前がメガホンを使って喧伝してるんだろ!私の耳にも届いているぞ!」
アリテージは、人生で初めて激高した。
「だとしても、です」
「お前……」
「アリテージ様には恩がございますので、命だけは助けて差し上げましょう。馬は、こちらで引き取りますね」
ハメロンが手を叩くと、アリテージは牢屋に連行された。
民は思った。偉大な王がいなくなり、その力を分け与えられた途端、こうも愚かに堕落してしまうものかと。
唯一の正義は、ハメロンにあり。ハメロンこそ、新しい王にふさわしい。今日も、メガホンからやさしい歌が聞こえてくる。
fin.
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