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ショートショート『ホワイトハウス』

こんな時間に帰れるのは、いつぶりだろう。駅から自宅への道のり、たくさんの人とすれ違う。いつもはこんなんじゃない。人はまばらで錆びれた街灯が寂しく闇を照らしている。

今日は定時であがらせてもらった。小さな会社に働き方改革なんか無い。終電で帰る日々が続き、異変を感じたのは数日前のことだ。身体がつらいと気が滅入る。自然と視線は下りがちになり、どんよりとした灰色の舗装が心に重くのしかかった。

自宅は緩やかな坂の上にある。ふと顔を上げると、山間(やまあい)の住宅地に明かりが灯っているのが見えた。なんてことはない、ただの照明なんだろうけど、キラキラと綺麗で。

その瞬間、記憶の中にワープした。

「今から俺は死ぬ」

どうせ死なないことはわかっていても、ツレからのSOSを無視できるほど水臭くはない。父親に借りた車で向かうと、あいつはコンビニの駐車場に座り込んでいた。蛾の舞うライトを惨めに全身で浴びながら。

コーラを買って、最愛の彼女に振られたあいつを助手席に乗せて、アクセルを踏んだ。行先は決まっている。ラジオを付けてBGMはDJの気まぐれにお任せした。くねくねした山道を走る。すると現れるのは、高級住宅街。社長や医者、政治家や芸能人、富と名声を手にした勝者が住んでいるといわれているここには、広い敷地に建つ立派な屋敷が悠然と並んでいる。

とりわけ豪華で際立っていたのが白い洋館。庭には噴水があり、ダビデ像みたいな銅像もあった。名付けた呼び名は「ホワイトハウス」。何か落ち込むことがあるたび、ここを勝手に訪れては、誰かもわからないホワイトハウスの住人に誓いを立てた。

「いつか俺たちもここに住む」

ほんと、ご迷惑な話だけど。

あいつとは大学を卒業してから一度も会っていない。FacebookもLINEもインスタもやらないような変な奴だから近況さえ知らない。電話をかけてみたけれど、「おかけになった電話番号は現在使われておりません」だって。

でも、なんとなくだけど、しっかり生きているような気がしている。どうせ死なないだろうから。

生まれたときから人生は思い通りにいかないことばかりで嫌になる。期待ばっかり膨らんで、失望ばっかり増えていって。でも、思い出したらバカバカしくて、ちょっと笑えた。

ホワイトハウスには住めない。たぶん、一生かかっても。今夜はビールの代わりにコーラでも飲んで早く寝よう。

fin.

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