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ショートショート『虹色おじさん』

僕が育った田舎町には「虹色おじさん」と呼ばれる人がいた。正確な年齢は知らないが、今思えば「虹色おじいさん」と言った方が適切だったかもしれない。ただ、僕が物心ついた頃には呼び名が定着していたから、ずっと前から「虹色おじさん」として生きて来たのだろう。

名前の由来は誰が見ても明白で、いつも虹色に包まれていた。虹色のオーバーオールに虹色のキャップ。畦道や水路橋、どこにいてもかなり目立つ。誰かが声をかければ、どんなときも手を振って愛想よく対応してくれて、虹色おじさんは町の人気者だった。
 
虹色おじさんが「虹色おじさん」である所以は、もうひとつあった。農業に従事し、栽培していたのが虹色のトウモロコシだったのだ。黄色をはじめ、赤やピンク、群青や水色、緑や橙に紫など、粒が色とりどりで、まるで小さな宝石が詰まっているように鮮やか。収穫の時期には町の子どもたちが訪れ、籠いっぱいに入った虹色のトウモロコシにうっとりしていたものだ。僕も、そうだった。

田舎というのは、さも綺麗なイメージで語られがちだが、やはり色が少ない。いくら彩度が高くても、ある年齢になるまでは色数を物足りなく感じてしまう。多少くすんでいても、色が多い方が刺激的でおもしろい。虹色のトウモロコシを作り、虹色に包まれた虹色おじさんは、僕にとって初めてのヒーローだった。
 
そういえば、尋ねてみたことがある。確か僕が小学校3年生か4年生だった頃だ。

「おじさんは、なんで虹色の服を着ているの?」

「坊主は虹が好きか?」

質問に質問で返されて困惑したが、頷くと、おじさんは顔をクシャっとして笑った。

「だろう?虹は、みんな好きだ。明るくなれるし、元気をもらえる。でもな、本物の虹は、そう簡単に見られるものじゃない。だから、虹色の服を着たり、虹色のトウモロコシを作ったりしているんだよ」

僕は妙に納得させられた。
 
そんな虹色おじさんが、ある日、いなくなった。

殺されたのだ。

犯人は隣町に住む農夫で、妬みからの犯行だったと当時耳にした記憶がある。町を明るく照らしていただけなのに、どうして嫉妬や恨みを買わなければいけないのか。トウモロコシの種を強奪したそうだが、それを手にしたところで「虹色おじさん」になれるわけではないのだ。子どもでもわかることなのに。僕は、怒って泣いた。虹色おじさんと特別親しかったわけではない。ただ、その不条理に憤った。

お葬式の日は、豪雨だった。雨があがって虹でも出れば幾分か心が救われたかもしれないが、そんなドラマチックなことは起きなかった。おじさんの言う通りだ。「虹は、そう簡単に出てきてくれない」。
 
今になって突然思い出したのは、何か理由でもあるのだろうか。信心深い僕は、偶然にも必然を見出そうとしてしまう。

「出番です!お願いします!」

テントで設えた楽屋で待つ僕に、イベントの主催者が呼びに来た。震えが止まらない中、力づくで両手を強く握りしめ、両脚を叩いて気合いを入れる。今日もウケなかったら、そのときは……。

出囃子が鳴り、屋外ステージに勢いよく飛び出すと、目を見開いた。驚きのあまりに声が一瞬出なかったが、誰も不自然に空いた間に気づかない。

観客の頭上、遥か上。雲一つない青空に大きな虹がかかっていた。

fin.

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