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【凡人が自伝を書いたら 46.肥後の国(下)】

店舗が開店して、初めて迎えるお正月。

お正月の3が日は国民の休日。つまり、飲食店にとっては「稼ぎ時」だ。

僕らは、オープンからたった2週間で、かつ少ない人数で、それを迎えた。

1日はおせちやお雑煮があるので、来客もそこまで多くはなかったが、問題は2日、3日。特に3日だ。

初詣も終わり、おせちやお雑煮も底をつく。かといって、休みだから、料理もしたくない。だから外食。

つまりは、こういうことだった。


「いや、、寝てるやん。」

忙しい。

ひじょーに忙しい。

人数少なめなこともあるが、それを含めても、忙しい。

新店舗なのに、通常店と同じくらいの人員数で営業を回している。

これはなかなかに酷なことだった。

幸いスタッフたちは、忙しい、忙しいと言いながらも、せっせと働いてくれ、何とか大きな問題もなく、営業ができていた。

僕も久しぶりに、ガッツリ営業に入り込んでいた。

注文伝票を読み上げ、調理を行いながらも、周りに指示を飛ばし、進行状況、料理自体を確認する、調理場の統括のような役割だ。

調理のスタッフも短い期間だったが、かなり力がついており、営業にもしっかりついていけている。

よしよし。良い感じだ。それにしても、この短期間でここまでできるようになるなんて、すごいな。

こんなことを思っていた。

ん?さっきから藤本さんの気配がない。

ふと、目で探すと、なんと調理場から少し出たところで、スタッフの指導をするふりをして寝ている。

地蔵のような穏やかな顔で、警備員みたいに突っ立って、寝ている。

「Hey!!藤本さ〜ん!!!」

藤本さんは。僕の大声に驚いた様子で、ピクッと反応し、少しよろけた。

「寝てるやん!!!」

年齢も社歴も6年くらい上だったが、そんなことは関係ない。僕は「エセ関西弁」で全力のツッコミを入れた。

その様子が可笑しかったのか、忙しいにも関わらず、スタッフたちは笑っていた。

「こればっかりは仕方がない」

ディナータイム。

藤本さんが、オーブンを開けて、パンを焼こうとしている。

僕はその様子を無言で注視している。


なぜか。

左手にパンを、右手でオーブンの扉を開けたまま固まっているからだ。

「藤本さんっ!!」

「はっ!!!」

驚いた拍子に、左手からパンがポロッと落ちる。

「オーブン、開けたままやったら、冷めるやん?」

「すいません。。笑」

「え、ソコっすか!?」

すかさず、ノリの良い、男子大学生がツッコんだ。

ボケ・ボケ・ツッコミの「3段論法」である。(多分使い方違う)

「誰か!!この人はもう無理です!限界なんです!!助けてください!!助けてください!!」

「厨房の中心で」僕は叫んでいた。


「また寝てましたね。」

仕事終わりに、藤本さんに話しかけた。

「だって、仕方ないじゃ〜ん。あたしも本当はもっと頑張りたいんだけどね?寝たいわけじゃないんだけどね?ほら、人って脳からの命令で動いてるでしょ? 脳が眠れって命令したら、意思がどうこうじゃなくて、眠たいの。こればっかりは仕方なくな〜い?

これだった。

そう言って、ケラケラ笑いながら、「ピルクル」を飲んでいる。

「子供か!!」

「そんなに眠たいのなら、そのピルクルに、タバスコでも混ぜてやりましょうか?」

「イヤ!!!」

これだった。


「こだわり」

1月も終わりに近づき、あっという間に、お別れの日がやってきた。

次は南国、「琉球王国」だ。

そう、沖縄だ。(初めからそう言え)

僕は今のチームとも別れ、沖縄で新たにチームが組まれることになっていた。しかも今回は僕がオープンチームのリーダーを担当することが決まっていた。

メンバーの方は名前を聞いてもわからない社員だったが、この仕事には慣れてもいたので、「まぁべつに、よほどヤバい人が来ない限り、何とかなる。」そう、タカを括っていた。

結局、女王様の圧政を崩すことはできなかった。(まあ崩すのは良くないが)

今回は、あまり接客の方には手を出せなかった。いつもより僕自身に余裕がなかったのもあるが、一番は「店長のこだわり」にあった。

大原店長はこだわりが非常に強く、全て自分の思い通りにならないと、気が済まないようだった。僕が口を出すと、あからさまに不機嫌になって、「これは私のこだわりなの。」で全て済まされた。

僕もあまり素直な方ではないので、「いや、これよりこっちの方が効率いいじゃないですか。ほら。」

そんなふうに反撃もしたが、鉄壁の壁があった。

「こだわり」である。

いや、こだわって仕事をすることは否定はしないが、それで「変化ができない」というのは、少し問題だろう。しかもその「こだわり」自体が、そして、その頑固な姿勢が、様々な問題を生んでいるじゃないか。

さすがにそこまでは言えなかったが、僕の心には、一つの疑問が生まれていた。

「こだわりってなんだろう。」

良いものなのか。あまり良くないものなのか。

どういう面は良くて、どういう面は悪いのか。

必要か。実は不要なのか。

「こだわりってなんだ?」

こんなことを思いながら、冬の嵐から逃げるように、九州を南下し、鹿児島に着いた。

沖縄へは、ここからフェリーに乗って、丸一日だ。


手続きを済ませ、車のまま乗船する。

船内は平日ということもあり、利用客は少なかった。部屋は4人部屋だったが、僕1人だけだった。

1人で24時間。逃げ場なし。

つらい。

幸い船酔いはしなかったが、つらい。

食堂にテレビはあったが、海上ではほとんど見られない。

つらい。

僕は囚人が輸送されている気分で、24時間を耐え抜いた。


さあ、沖縄だ。

む。

沖縄のくせに寒い。(2月だから当然だ)

ただ、風景を見れば、南国っぽい木も生えていて、それっぽい雰囲気だ。


僕はとりあえず、那覇に取ってあったホテルに一泊し、その夜は、初めての「ゴーヤチャンプルー」「よく分からない名前だがうまい料理」、沖縄と言えばの「泡盛」に舌鼓をうった。

へー沖縄も、結構おいしいものいっぱいあるじゃないか。しかも値段の割に量が多い気がする。1人だったのが、少し残念だ。

よし、これは新店舗のオープン前に盛大に飲み会をしよう!!

そんなところでワクワクしていた。


次の日、僕はあまり見慣れない風景を楽しみながら、ふらふらと車を走らせ、県の中部にある研修店舗へと向かっていた。

つづく











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