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ヨーロッパで起きていたD2Cへの地殻変動 〜 イノベーションの民主化 N66

 最近リテール業のクライアントとD2Cについて話をする機会が格段に増えたがテクノロジーの世界では実はかなり前から起きていた現象だ。イノベーションはエロとオタクからはじまるとテクノロジーでは言われるが、VHSとベータの勝利はアダルトビデオを扱ったかどうかで勝敗が実は決まったわけだし、最近のDMMなんかを見ても潔癖を貫いた他業者は苦戦を強いられている。

  ちょうどこのイノベーションに民主化(1*)が起きたのは2000年初頭である。ソフトウェアの開発としてオープンソースがしばしば例にも挙げられるが、個人的に好きな例としてはソニーのプレイステーションのメモリーだ。当時メモリーはコンピュータメーカーがこぞって開発投資をして処理速度を競っていたが、ソニーがゲーム用の用途を元に開発したら圧倒的な性能のメモリーを作っていたという話だ。

 イノベーションの民主化の構造を説明するとイノベーションはメーカー主導で行われるのが常識だったのだが、21世紀に入った頃からユーザー主導のイノベーションが起きるようになってきたということだ。昔は設備投資に費用がかかった上に製品ライフサイクルも長かったので一度投資をしてしまえばその優位性はしばらく守ることができた。またモノの種類(あるいは競合企業)もそれほど多くなかったので供給者優位のメーカー主導のイノベーションが行われてきた。  

 しかし経済がグローバル化し貿易も広がり先進国から優れた商品、新興国から廉価な商品が流通するようになり、また消費が飽和する中で商品のライフサイクルがますます短くなり、商品の差別化が困難になってしまった。厳密に言えば商品の差別化の持続期間が短くなったということだろう。新しい商品を出してもすぐに真似あるいはより優れた商品が出てくるのでメーカーのイノベーションが価値を失ったということだ。  

 その一方でメーカーに対して供給するB2Bの設備ベンダーも競争が激しくなることで既存の取引先にどっぷりというわけには行かず、そのノウハウを持って海外(特に新興国)に販路を広げることで誰でもモノが作れることになってしまった。しかも少しモデルが古くなれば価格を下げて海外に売るみたいなこともするわけだ。しかしその少し古くなったモデルと最近モデルとの間の差分は用途で言えば事実上ほとんど差はない。  

 そうこの差分のなさこそメーカーによるイノベーションの終焉を意味している。言ってみれば余分にお金を出す価値がある商品ではなくなっているのだ。そこにユーザーが自ら作り始めたり、アイデアをメーカーに売り込んだりしはじめたのがイノベーションの民主化だ。マウンテンバイクのBMXなんかも自転車好きの人が自分でカスタム自転車を作りはじめたのがきっかけだそうだ。  

 それと並行するようにヨーロッパを中心とするアパレル業界は00年半ば頃から旗艦店重視の戦略に切り替えはじめた。ちょうどSPAの勢いが上り調子の時でZARAやH&Mがヨーロッパを席巻していたのに対抗するようだった。自社ブランドをコントロールすることと顧客の囲い込みが必要とされるようになってきたのだ。  

 そして決定的なイベントが2011年にバーバリーのCEO Angelaがセールスフォースをローンチしたことだ。ソーシャルのケーパビリティを育成し顧客を囲い込むことを先んじてはじめた。私はサンフランシスコで開催されたセールスフォースのDreamforceというカンファレンスでこの講演を聞いて三陽商会は取引を失うだろうと確信した(やはり取引はおわった)。

 ソーシャルな時代になって私はメーカー主導の時代は終わったと言い切れるが、決して消費者優位な時代になったとは言わない。ソーシャルは相互に平等な関係を持つことだ。メーカーと消費者が相互協力関係を結ぶことで成立する関係だ。迷惑な消費者はメーカーから打ち切られることも許されるだろう。  

1*「民主化するイノベーションの時代」(エリック・フォン・ヒッペル)  

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