「次はなんだっけ?」
「次がもう最後よ」
「最後。あぁ、そうか……」
ふたりの男女は宇宙での任務をやり終え、星に帰っているところだった。やたらとでかい宇宙船に乗り、宇宙の海を進んでいく。男女はだだっ広い船内にふたりきりだった。男は操縦機を動かしながら、だんだんと神妙な面持ちになっていく。静かな雰囲気。そして女に聞いた。
「なぁ、君も僕と同じことを考えているのじゃないか? そんな気がしているのだが」
女は小さくうなずく。
「えぇ。あなたの勘はきっと当たっているわ」
「やっぱり。そうだったんだね。自分だけだと思って、怖くて言い出せなかったんだ」
「そう思うのも当然ね。あなたからそれを言い出してくれて、わたしも楽になった。ありがとう」
女は男にほほえみを返した。
「薄々感じていたものを目の当たりにして、ゆっくりと確かなものになっていった。そんな感じだ」
彼らの任務とは、彼らの星に生きる動植物を別の惑星へ輸送することだった。彼らの星では、古くより様々な種が誕生と絶滅を繰り返し共存していた。だが、人類だけが身勝手にその数を増やし続けるせいで、自然環境は崩壊をさけられない状況だった。
その輸送計画も残すは最後の大仕事だけ。彼らの星に残っている最後の生き物、すなわち人類を迎えに戻り、新たな星へ送り届けることだ。この船なら一度で全員を乗せることができる。やたらとでかい宇宙船はそのために作られたのだった。
「じゃあ、行き先を変更してもいいかい?」
「あなたに任せる」
「家族は?」
「心づかいありがとう。でも大丈夫。行ってちょうだい、覚悟が変わらないうちに」
「わかった」
男がぐるぐると操縦機を回すと、宇宙船は大きく進路を変更した。ほどなくして、航路から外れたことを知らせる警報が船内に響き渡ったが、男はリセットボタンを押してそれを消した。星との連絡装置の通信もきった。
女は外の景色を眺めていた。惑星には様々なものがある。今まさに小さな星たちが集まり、一つの大きな星に生まれ変わろうとしているもの。海に漂うゴミのような身のこなしで、輝きを失いながら浮遊しているもの。
「あの星にはどんな未来が待っているのかしら」
男は答える。
「分からない。人類だけが取り残されて、豊かさは失われるだろうな。でも最低限の空気と水は残るはず。順応していけるやつらだけが生き残るかもしれない。僕らが恨まれることは間違いないね」
女からの返事はなかった。彼女はずっと外の景色を眺めている。
「やはり、心残りがあるのだね」
「そうみたい。ちょっとだけ。でも悪いことではないわよね」
「必要なことだと思う」
「どこに向かっているの?」
「青い星だよ。キレイな星なんだ。あそこならきっと生命がたくさん住んでいるはずだから」
しばらくして男の言う、青く美しい星へ到着した。
「まぁ、ほんとうに青い星。素敵な場所ね」
「ここでもう一度やり直そう。僕らふたりから」
ふたりは宇宙船を乗り捨て、その星へ降り立った。そこは色とりどりの草花が風にゆれ、ゆるやかな小川が流れていた。水辺には数羽の小鳥がやってきて、押し合いながらも楽しそうに水面を小突いている。
それらが飛び立ったかと思えば、真っ白な馬が2頭、気持ちよさそうに丘へと駆けていった。丘の上には、たくましい蔦がねじれ上がるように伸びた樹木が立ち、赤い果実を実らせている。
ふたりも丘の上にあがり、手ごろな場所を見つけて横になった。よい風が吹いていた。
「心地がいい。気分が穏やかになるわ」
「そうだね」
ゆるく、のどかな時間が流れた。だんだんと辺りは暗くなり、空の青さは深みを増していく。ぽつんと大きな球が空に残り、それが乗り捨てた宇宙船だとすぐに気づいた。あれもそのうち星の欠片やらが固着して、使い物にならなくなるだろう。
「彼ら、わたしたちを探すかしら」
「いつか見つかるかもしれないね。飛行艇に乗ってこの星にも偵察が来るかもしれない。でも、それにはかなりの年月がかかるはずだ」
光は完全に地平線に飲み込まれ、空には星の輝きが敷きつめられた。
「わたしとあなたの子供たちならきっと大丈夫だと思うの。あの星と同じ道は歩まない。あなたはとっても賢くて優しいから、アダム」
「僕の方こそ君ならと思う。ついてきてくれてありがとう」
女はそれに小さくうなずくと、男のそばに寄り添い眠りについた。男はその寝顔をしばらく見つめたあと、星々が光る空を見上げなおした。スッと、ひとつの流れ星が夜に線を描く。どれが故郷の星なのかは、もう分からなくなっていた。
「イヴ。君には言えないが、ひとつだけ不安があるんだ。理由はどうあれ、仲間たちを裏切り自分勝手な行動をとった僕ら。その面だけを色濃く反映したのが、生まれないといいな……」
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