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山を求めて一人旅 烏山・那珂川

関東平野には山がない。無いことはないが、少ない。どこを見ても山に囲まれている盆地オブ盆地の京都で育った僕にしてみれば尚更である。毎日「山ねえな」と思いながら平べったい土地で暮らしている。

そんな折、大学の景観デザインの授業で「『山当て』の景観を見つけて撮ってくる」という課題が出た。


「山当て」とは

山当てとは、街の景観の一部として遠くの山を意図的に「見せる」空間づくりのこと。
起源や目的には諸説あるが、例えば日本各地の城下町においては街道の向こうに山が見えるような山当ての風景が多く見られる。

先生が言うには、提出された写真の中から投票で優秀賞を決めるとのこと。地理好き旅行好きの僕は「よし優秀賞狙おう」と即決した。好きなことが絡むと実にチョロい。

せっかくの出かける機会だから、前々から行きたいと思っていた栃木県・那須烏山市の地図をネットで眺めてみる。するとそこにはどうやら良い感じの山当てがありそうだということが判明した。さらにその北に位置する那珂川町にも、山当てと思しき風景の存在を確認した。

いや待て、那珂川町には温泉があるではないか。ラーメン屋もある。美術館もある。どういうルートで巡ろうか。まずはここでレンタサイクルを借りて、そのためには何時のバスに乗って……………


……なんか気付いたら旅行の計画が完成していた。
というわけで「授業課題のため」という真っ当な名目のもと、いつものように旅に出たのだった。心の声は「温泉入ってラーメン食べたい」と言っているが心の声に留めておく。

ちなみに今回も始発で出発してほぼ終電で帰宅する、限界日帰り行程である。こういうことばかりやっている気がする。


2024年5月4日 7:50 宇都宮

宇都宮到着前、晴れ渡った空に浮かぶアドバルーンが見えた。
アドバルーンは風速が遅い日でないと上げられないというのは有名な話。つまり今日は晴天微風のお出かけ日和ということだ。

電車内スケッチ


宇都宮駅からは那須烏山市に向かう烏山線の電車が出ている。
烏山線は線路の上に電線が貼られていない、本数も1〜2時間に1本のローカル線。しかし、そこを走るのは紛れもない「電車」である。

実は烏山線は日本で初めて「蓄電池電車」が導入された路線。ここで活躍する通称「ACCUM」は非電化路線でもガソリンを使わない、新時代のエコな電車としてデビュー時に注目を集めた。
この特殊な車両を目当てに訪れる人も多いようで、宇都宮駅では乗車前に写真を撮っている鉄道ファンも何人か見かけた。


宇都宮から2駅進んだ宝積寺から、蓄電池モードになって烏山線に入る。

風が凪ぎ、田植えされたばかりの真新しい水田が見事な水鏡となって雲一つない春晴れの空を映している。長閑な農村の家々と鉄塔の列が次々と逆さになって水表を流れていく。

烏山線の最高速度はわずか時速65キロ。急ぎも焦りもせず、カタンコトンカタンと軽快に線路の音を奏でながら、新型の蓄電池電車は静かにのんびりと田園を走る。


9:00 烏山駅

宇都宮から50分で終点の烏山に到着。

烏山線ではSuicaのようなICカードは使えないのだが、宇都宮以南からそのままICで乗ってきたと思われる人々が精算のため改札に列を作っていた。僕は紙の切符を買っていたのでスムーズに出場。

烏山駅


烏山駅を出ると、早速駅前通りが「山当て」であった。これはいきなり予想外。

先生は課題説明の中で「景観にストーリー(意図、コンセプトなど)が感じられる=作られた山当てかどうかを判断する目安」だと言っていた。それに倣ってストーリーを想像してみる。

ここは駅前通り、街の玄関口。この街を初めて訪れた人や、久々に帰って来た人々が駅舎からちらほら出てくる様子が思い浮かぶ。というか今まさに自分がそうだ。そんな人々を迎える象徴的な風景が駅前にあったら、誰もがきっと「来た」と感じることだろう。山当てはそんな一場面を演出するのにピッタリな手法なのではないだろうか。

一応これは想像だから真偽は定かではない。だが駅前通りという重要な位置付けを考えると、ここに山当てが使われていてもおかしくないと思う。今日はこんな感じで山当てを探していく。


山あげ会館

烏山の観光拠点施設「山あげ会館」でレンタサイクルを借りる。ギア付きで1日700円。


9:30 龍門の滝

烏山駅から一駅戻ったところにある「滝駅」近くへやって来た。
この簡潔極まりない駅名の由来となった、駅からも近い「龍門の滝」は、烏山観光では外せない景勝地である。

駐輪場に自転車を停めて草が生い茂る階段を下りていくと、すぐに巨大な滝が視界に飛び込んできた。思っていたよりだいぶデカい。

龍門の滝

かなりの落差を経て飛び上がる水の粒は、川辺へ降りている階段の途中でも顔にかかってくる。水と草の匂いが漂い、太陽の熱と水の冷気が押し合って風の温度が秒ごとに入れ替わる。

しばらくすると、滝の上を烏山線の電車がゆっくりと通過していった。ちょうどさっき乗ってきた電車がまた宇都宮方面へ戻っていくところだ。
竜門の滝は、このように鉄道と滝をセットで見られる全国的にも珍しいスポットである。

滝の左側は水煙が立ち上がる激しい落水、それに対して滝の右側は露出した地層を優しく濡らすような穏やかさ。よくこれほど視覚的にバランスの良い滝が自然にできたものだと感心する。

川沿いを歩いていたら実家の犬と同じ犬種のキャバリアを見かけて、一人暮らしで犬ロスになっていた僕は飼い主さんに話しかけてめっちゃ撫でさせてもらった。ふわふわで可愛い。

かわいい


滝の上には「龍門ふるさと民芸館」という休憩所がある。
建物の前ではお弁当の販売や花の展示会、ハーモニカの演奏が行われていてとても和やかな空気感だった。

烏山ハーモニカ愛好会の皆さん

民芸館の中には休憩所や売店などがあり、烏山名物のお菓子が何種類も売られている。これはそう、旅人を悩ませる「何選んでもどうせ美味しいやつ」だ。だからこそいつも悩む。

本気で数分間悩みまくった末に鮎もなか(170円)を購入。ちょうど昨日スーパーで最中買おうか悩んでたところなので欲に導かれた。

鮎もなか

ふわふわの皮。しっとりした餡。日陰でソファに腰掛けて食べるだけで一段と気分が涼しげになる。これぞ僕が求めていた最中だ。



10:40 烏山駅

再び駅前に戻ってきた。駅のすぐ近くに「鮎の塩焼き」の旗を上げるお店があったが、焼き上がりまで30分かかるとのことで残念ながらパス。鮎の塩焼き、普段は全く食べたいとか思わないが見かけると食べたくなる。

次に乗るバスまでまだ少し時間があるので、この辺りを適当に回ってみる。

駅前通りと直角に交わり、線路と並行して南北に伸びる県道102号。道幅といい街灯といい、ルーツが古い幹線道路の雰囲気をよく残している。

昭和の商店街感
木漏れ日が美しいコインランドリー

裏道に入ると、「烏」山なのに猫がいっぱいいた。天敵では?


駅の北にある「三万石通り」と「中央」交差点。名前に恥じない見事な山当て。
この坂を登って右折すると市役所があり、そこからさらに山を登ると烏山城跡がある。烏山市街地の成り立ちは「城下町」なのだ。

日本の城下町では、城の周囲の武家地にのちのち市役所や県庁などの行政施設が置かれることが多い(松山市、静岡市など)。城と市役所の位置関係、そして交差点の名前から考えると、烏山における街の中枢は昔からこの辺りだったことが窺える。

となれば、この場所に山当てを持ってくるのは納得の使い所だ。よく見ると電線の地中化や歩道の整備による景観美化も行われており、街としてもこの風景を大事にしていることがわかる。

地理好きはこんなことを考えながら街を歩いています


バスの時間が近づいているので、これで一旦烏山を後にする。もっと時間があれば烏山城も行きたかった。余裕で一日中過ごせる魅力的な街だ。


コミュニティバス 馬頭烏山線

平日は1日8往復、土休日はわずか3.5往復のローカル路線。
運転手のおじさんが部活帰りの高校生に「ごきげんよう〜」と挨拶をする、まさに「コミュニティ」の温かさを感じられるバス路線。


那珂川


12:15 那珂川町 道の駅ばとう

烏山からバスで45分、隣町の那珂川町にやってきた。
まずはレンタサイクルを借りるため、道の駅の観光センターに立ち寄る。

え、アイス屋あるやん。

そんなこと書かんといてくれ
買いたくなってまう


早速誘惑に負けた。昼飯より先にアイスを食うという贅沢。
栃木といえば苺が有名。苺の身がそのまま混ぜられたミルク風味のアイスはなんとも甘くて美味しい。冷たいアイスは暖かい外で食べるのが美味いのだ。

ふと気づいた。目の前に「○こでも○ア」がある。しかし何も説明板などない。なぜこんなところに。

ちなみにここでも鮎売ってたが、やっぱり30分待ち。今日は鮎運が悪い。


一通り見て回ったところで自転車をレンタル。案内してくれた職員さんに行き先を伝えると、経路や目印などをとてもわかりやすく教えてくれた。電動アシスト付きで1日1000円。


この辺りの土地は川の水に削られたからか、かなり地形の起伏が激しい。しかし電動アシストのおかげで、楽々とまではいかないがかなり楽に坂を駆け上がれる。


らぁ麺 神成

町役場がある馬頭地域のラーメン屋で昼食。
鶏豚骨醤油ラーメン850円。デフォルトで卵付きなのが嬉しい。

濃厚なしょっぱいスープ、そこに含まれる塩分が全身に回るのを感じる。汗をかいた体にラーメンの美味さが染み渡る。
地元の常連さんが代わるがわる来ていて、大将と栃木弁で冗談を飛ばし合う光景が微笑ましい。


馬頭商店街

那珂川町の中心地である馬頭地域。そこに一本の芯を通すようにして、東西800mに渡る一直線の道(旧国道293号)が伸びている。その両側には「馬頭商店街」があり、道の先からは標高337m「高鳥山」の稜線がベストポジションで顔を覗かせている。

この眺望の完成度、もうどっからどう見ても「山当て」だ。今日はこれを撮るためにここまで来たと言っても過言ではない。

ベストな構図を探って通りを往復していると、何点か気になるところがあった。

まず、この道には電線や電柱がない。昔はあったのかもしれないが、比較的近年になってから景観に配慮して地中化工事を行なったのだろう。そのおかげで山のシルエットがとてもスッキリとよく見える。


そして、道沿いの建物が尋常じゃなく古い。
見よ、「あらい」の字体とその貫禄を。

一般に想像される「昭和レトロ」が新しく思えてしまうほど、「いつからここに建ってるんだ」と立ち止まらせるレベルの歴史的風格をまとった建物がズドドドドーーーッと連なる光景は圧巻そのものである。

しかもその中には現役のお店がいくつかあり、まさに「令和に生きる昭和」と呼ぶに相応しい佇まい。


しかしその古さに起因してか、道行く人影が全然見当たらない。車はよく通るし、道端に駐車して買い物をする人も少しはいるが、賑やかというには程遠い閑散ぶりである。

現代の田舎や地方都市ではこういう光景は珍しくない。モータリゼーション、古くからの街道に代わるバイパス道路の開通、若者の人口流出、高齢化の加速といった様々な背景が重なって街が衰退していく現状は、全国各地で重要な課題となっている。

しかし、この馬頭商店街はまだまだ再興のポテンシャルを秘めていると思う。
まず何といっても街並みが綺麗だ。電線の地中化による景観美化の効果は大きいし、ノスタルジー溢れる建物も古臭いどころかビンテージならではの味を醸し出している。改装してカフェや宿なんかが入ったらきっと良い感じになりそうだ。スカイランタンなどのイベントも毎年開催されているようだし、馬頭商店街のこれからを想像すると、決してネガティブなことばかりではないだろう。

そんな過去と未来を「ストーリー」として捉えると、やはりこの山当ても魅力的だ。烏山と那珂川、どちらの写真を授業で提出しようか迷う。


那珂川町馬頭広重美術館

馬頭地域には、まさに先ほど書いたような街の過去と未来をつなぐ施設がある。それがこの「那珂川町馬頭広重美術館」。

建物は著名な建築家・隈研吾氏の設計。那須の木材や烏山の和紙などが建材として用いられており、美術館の隣にカフェも併設。静かな商店街とは打って変わって、広い駐車場がそこそこ埋まるほどの人気ぶり。ここにやってくる人々をさっきの商店街にも引き込むことができれば、馬頭の街中はもっと賑やかになりそうだな……と空想する。

この美術館では江戸時代の浮世絵をメインに所蔵・展示しており、僕の好きな小林清親きよちかの作品も置かれていた。この日やっていた企画展では、名所を盆栽のように鉢の上のジオラマとして見立てた木村唐舟・歌川芳重「東海道鉢山図絵」が面白かった。


いわむらかずお 絵本の丘美術館

馬頭から道の駅へ戻り、そこを通り過ぎてさらに北へ。まあまあな坂道を息切れしながらいくつも超えた先に、森に包まれたもう一つの美術館がある。

この「いわむらかずお 絵本の丘美術館」は、日本中のどの小学校にも一冊は置いてあるであろう名作絵本「14ひきのシリーズ」で知られる絵本作家・いわむらかずお氏の美術館。ここでは絵本の解説や直筆の原画を見ることができる。(館内は撮影禁止。)

いわむらかずお氏の作品では一貫して自然の美しさと尊さ、そして家族の優しさが表現されている。どの絵にも生命の宿ったような温かさがあるのだが、これを水彩で、手で描いているのがすごい。やはり原画には原画ならではの鮮やかさがある。

美術館を出ると、目に映る草花や木々がいつもより少し賑やかに、可愛らしく見えた。僕もこんな風に、誰かの世界の解像度を上げるような作品を作れたらいいなあと思う。


ゆりがねの湯

電動自転車とはいえ急坂を登ったり下りたりしまくると汗だくになる。そこで待ちに待った温泉の出番だ。

馬頭温泉郷には何軒もの日帰り温泉や温泉宿があるが、今回は町営浴場「ゆりがねの湯」に行くことにした。15時以降の入浴は入浴料が「夕焼け割引」で100円オフの400円になる。

お湯はヌルっとした肌触り。いわゆる肌スベスベになるやつだ。
露天風呂からは、傾きかけた西陽を眩しく反射する那珂川と対岸の田園風景を望める。石の上で涼む親子がU字工事みたいな語尾が上がるイントネーションで会話していた。

那珂川の眺め


16:45 道の駅ばとう

道の駅ばとうに帰還。自転車を返却するときに回って来た場所と感想を職員さんに伝えると「体力すごいねー……!」と驚嘆された。言われてみれば。
普通なら車で回るか、レンタサイクルだとしてものんびり1日かけるコース設定だったと思う。


17時閉店ギリギリの売店で「きくらげ入りドーナツ」なるものを発見。旅人はこういう変なものになびきやすい。
香りは普通の甘いドーナツ。一口かじってみると、しっとり柔らかい生地の中に少し弾力のあるきくらげの食感。意外にもよく馴染んでおり、雰囲気で言えばほぼレーズンみたいな感じ。ちなみにきくらげを食べるとビタミンDが摂れるらしい。

道の駅は売店が閉まるギリギリまで人で溢れていた


17:30 馬頭烏山線

烏山への終バス。乗客は僕一人だけ。
涼しい空気まで夕日色に照らされるような閑散としたバスの車内には、エンジンの音と停留所の音声案内だけが繰り返し響いている。


途中の停留所でおじいさんが一人乗ってきた。運転手さんと顔見知りらしく、
「奥さんとの旅行どうした?」
「石垣行ってきた!孫と行ってきた!」
「うぉーう」
と雑談が盛り上がっている。エンジン音と自動音声に加え、年季の入った栃木弁の会話が車内BGMに追加された。ほぼタクシー。

「連休は休みあんの?」
「明日から2連休だな」
「日月(にちげつ)かあ」
「曜日わかんね!土日関係なく出てっから」
「そういや日が伸びたなー」
「寿命は縮まったけどね」

二人の楽しそうな会話を聞いていたら、烏山までの45分はあっという間だった。


18:00 烏山駅

昼ぶりに烏山駅に戻って来た。日没を過ぎ、空も街もすっかり夕暮れの色に染まっている。

最後の最後に、那珂川にかかる烏山大橋を見に行くことにした。

電車が停車中に充電するための変電設備

川の手前で急に坂を下り、下り切ったところで後ろを見上げてみると見事な河岸段丘だった。地理好きなのでこういう地形とかに反応する。

※河岸段丘とは、川の両岸の土地が水に削られたことで段々状になっている地形のこと。

烏山大橋

橋を見たから特別何ということはない。ただ見たかっただけ。でも見れて満足。




さて、これで烏山・那珂川の日帰り一人旅は無事終了。

本来の目的であった「山当て探し」もそれなりに良い成果が出せたし、宿題の「ついでに」久々の一人旅ができて大満足である。

ここまでご覧いただいた通り、今回は本数が限られているローカル線やコミュニティバスを使って移動してきた。決して便利とは言えない公共交通網だが、それでも意外と旅行はできるものだ。徒歩や自転車のように自分の「足」であちこちを巡るのも、その街の息遣いを感じられて旅行がより身近な体験になる。
あとやっぱり行ったことのない場所に行くのは楽しい。


それでは、授業の方で優秀賞が獲れたら追記で報告したいと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


2024年5月14日 追記

まさかの準決勝敗退!!!
マニアックすぎたようだ……

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