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#創作大賞2024
With Cancer をどう生きるか
新型コロナウイルスによるパンデミックは、世界中に混乱と恐怖をもたらしましたが、この3年の間に、人類はパンデミックを乗り越え、コロナとともに生きる「ウィズコロナ」の時代へと新たな挑戦を始めています。
一方、がんは依然として人類にとって最大の脅威の病であり続けています。
いまや日本人の二人に一人が罹るというがんは、すでにいやが応にも私たちに ウィズがん(with cancer )の人生を強いている
【連載小説】 CANCER QUEEN ステージⅠ 第1話「クイーン」
プロローグはこちら、
「With Cancer をどう生きるか」
わたしはキャンサー・クイーン。正真正銘のがん細胞なの。名前もちゃんとついているわ。なんたらかんたら大細胞がんって言うのよ。あんまり長いから、全部は覚えられないんだけれど。
生まれたのは、キングの肺の中。彼の左の肺の上の方に、3センチくらいの大きさで生まれたの。これ以上大きかったら、大変なことになったらしい。彼を診察し
CANCER QUEEN ステージⅠ 第2話 「マリア」
翌日は東京に出張するため、彼は昼前にオフィスを出た。11月の東京の街は、どんよりとした雲に覆われていた。道往く人々の姿は普段と変わりがないのに、低く垂れこめた雲が、今の彼の気分を反映しているようだ。まるで、世の中から自分だけが取り残されたような顔をして、足元を見つめながら、とぼとぼと歩いている。
彼は、昨日のことはできるだけ考えないようにしているみたい。わたしにはよく
CANCER QUEEN ステージⅠ 第3話 「ドクター・エッグ」
今日は、再検査の日。病院までは自宅から歩いて15分。近くていいね。早々と、朝9時には着いた。
こんなに朝早いのに、1階のロビーは、もう人でいっぱい。ここは地域の拠点病院というだけあって、患者さんが多い。それにしても、この多さにはびっくり。
このあいだ、“近年、日本の医療関係予算は膨らみ続けている”というニュースをテレビでやっていたけれど、無理もない。
なんてこ
CANCER QUEEN ステージⅠ 第5話 「キングの望み」
この頃、キングは物忘れが多いようだ。今日は2度もあった。
1度目は、会社のパントリーにある湯沸かし器のつまみを元に戻すのを忘れたらしい。彼は大のコーヒー好きで、職場でも毎日欠かさず、自分でドリップコーヒーを淹れている。それで、できるだけ熱いお湯を注ぐために、湯沸かし器を高温にセットするのだ。いつもは低温に戻しているのに、今日は忘れてしまったらしい。女性社員から厳しく注意されて、
CANCER QUEEN ステージⅠ 第6話「運命」
以前から、キングは人前で平然とタバコを吸っている人を見かけると不機嫌になっていたけど、肺がんと告知されてからは、それがいっそうあからさまになった。タバコを吸わない自分が肺がんになったのは、受動喫煙が原因に違いないと思っているの。
そう決めつける根拠は何もないのだけれど、そうとでも思わないと、肺がんになったことの理不尽さや悔しさをどこにも持っていきようがなかったのね。
CANCER QUEEN ステージⅠ 第7話「外科部長」
第7話 「外科部長」
ドクター・エッグから精密検査の結果を聞いた翌朝、キングは元気に家を出た。透き通るような青空が、公園の黄色く色づいた銀杏の葉を際立たせている。
がんの告知を受けてからというもの、この先この景色を何回見られるだろうかなどと感傷的になることが多かった彼だけれど、今朝は晴れ晴れとした表情で、足取りも軽く歩いている。転移がなかったことにほっとしているのね。今という時間が
CANCER QUEEN ステージⅠ 第8話「手術の前に」
いつも明るい奥さまだけれど、ほんとうは実家のお父さまの介護でたいへんなの。
お父さまは90歳を超えてもお元気で、毎日、カラオケ喫茶に通っては自慢の喉を披露していたけれど、最近は認知症が進んで、自分でできないことが多くなったせいか、ひどく怒りっぽくなった。
普段は優しいおじいさまなのに、症状が出ると途端に、とても怖い顔で怒鳴り散らすの。奥さまは毎日お父さまのお世話をしながら、
CANCER QUEEN ステージⅠ 第9話 「ドクター・ジャック」
12月16日、予定通り入院。10日間の入院ともなると、いつも通勤で背負っているリュックサックだけでは足りずに、キングはもう一つ大きめの旅行バッグも提げていくことにした。
病室は今度もまた窓側だった。窓からはラッキーなことに、ランドマークタワーや観覧車まで、横浜の街が一望できる。
これで個室だったら、高級ホテルのVIPルーム並み。4人部屋なのが残念。でも贅沢は
CANCER QUEEN ステージⅠ 第10話「手術」
手術は明日だけれど、土日は診察も検査もないので、キングは静かな病室でのんびりと過ごしている。窓の外を眺めたり、読書をしたり、音楽を聴いたりと、いつもの休日以上にリラックスした様子。唯一、バイオリンを弾けないことだけが心残りみたい。下手でも弾いていると、いやなことを忘れるから。
はたから見ると、この人が生死を分ける手術を目前に控えたがん患者だとは、だれも思わないでしょう。
CANCER QUEENステージⅡ 第1話 「復活」
夢を見ていた。わたしはたった一つの、ほんの小さな細胞だった。真ん中に大きな目のような核があって、それがきょろきょろと周りを見回している。キングの肺の中で、わたしというがんの赤ちゃん細胞が誕生した瞬間だ。人間の赤ちゃんもこんなふうに生まれてくるのかしら。 わたしの細胞はしばらくじっとしていたあと、突然、分裂を始めたと思ったら、見る見るうちに膨らんで、あっというまに
CANCER QUEEN ステージⅡ 第2話 「傷痕」
キングはドクター・ジャックのアドバイスどおり、手術の翌日からリハビリテーションを始めた。見るからに大変そう。彼は傷口が痛むことより、点滴用のスタンドを押しながら歩くことのほうが煩わしいようだわ。スタンドには、傷口から出る血液や膿を溜めるドレーンの管とか、尿道カテーテルとか、ほかにもいろんなものがぶら下っていて、気をつけないと、管がからまったり、外れたりしそうなの。
彼は毎日がんば
CANCER QUEEN ステージⅡ 第3話 「退院」
今頃の人間の世界は師走とかいって、すごくあわただしそう。がんの世界には季節がないから、わたしたちはいつも勝手気ままに暮らしている。がんの種類によって成長するスピードがまちまちだから、何年ものんびりしている子もいれば、やたらとあわただしい奴もいる。
わたしは、今はのんびりよ。ずっとこのままでいたいけれど、自分でもこの先どうなるかはよくわからない。でもまた大きくなりすぎて、キングに迷惑をかけるこ