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熊にバター(行き場のない掌編集)

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日常と異世界。哀しみとおかしみ。行き場のないことばたちのために。
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#日常のおかしみと哀しみ

逆コンビニ強盗

逆コンビニ強盗

コンビニのレジで店員から「手を挙げろ」と言われたことがある。仕事からの帰り道。習性のように立ち寄る近所のコンビニでのことだ。

お弁当と部屋の冷蔵庫に常備しているヨーグルトと目についたポテチの新作を手に取って、いつものようにレジに置いた。

今どき珍しいぐらい髪に何か塗りたくった男性店員が無言でお弁当を手に取り、バーコードをスキャンする代わりに僕に拳銃のようなものを向けたのだ。

一瞬、店員がレジ

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ポケットには子犬を入れて

ポケットには子犬を入れて

鍵、スマホ。あと、それから財布。

多くても、それくらいのものだろうという予想は、あっけなく外れた。世の中の人は、ちょっとよくわからないものをポケットに入れて持ち歩いているのだ。たとえば、知恵の輪とか。

        *

「この前、乗ってた電車が止まっちゃったんですよ。そんとき、前に座ってたカップルの男の子が、ほらって、ポケットから知恵の輪取り出して彼女に渡してて、これが解けたら電車動くよっ

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冷蔵庫日和

冷蔵庫日和

朝、起きたらキッチンから母の泣き声が聞こえてきた。
傍では父が何やらぶつぶつ呟き、姉は見るからに温そうなビールを飲んでいる。

「どうしたのよ?」
パジャマのままのわたしが尋ねると、父が「冷蔵庫の様子が変だ。ダメかもな」と言った。

「は?」

わたしが父と冷蔵庫を交互に見ながら言うと、母がテーブルに顔をうつぶしたまま「勝手に死なさないで」と泣き声でいう。

「なんのこと言ってんのよ」若干、うんざ

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イヌリンの秘密

イヌリンの秘密

先生が転校生を連れてきた。背のちっちゃな女の子だ。自己紹介をしなさいって言われても、じっとうつむいてる。

仕方がないので先生が、みんなに仲良くするように、じゃあ席は、またちゃんと席替えするからとりあえずモトヤの隣、教科書も見せてあげるようにって言って授業を始めた。

え? まじ? 俺の隣かよとか思ったけど文句を言うのも面倒だし、なんか意識してるみたいでいやだったので席をくっつけて教科書も転校生に

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拳銃の悩みについて

拳銃の悩みについて

誰にだって人に言えない悩みはある。この国にもいろんな人がいるのだから、どんな悩みだって存在理由があるのだろう。と思う。

もう今では撤去されてしまっているのが残念だけど、とある駅前に《拳銃の悩みでお困りの方へ》と記された電話相談の看板があった。

ほとんど誰も気に留めない中で(まあ、だいたいどんな看板もそうだけど)、僕はそこを通るたびに気にしていた。

といっても、僕が法に問われるようなものを所持

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世界は回るただし逆向きに

世界は回るただし逆向きに

朝起きてテレビをつけると、どうやら地球が逆向きに回り始めたらしい。

報道番組なのかワイドショーなのかよくわからないけれど、地球物理学者や
天文家、そしてなぜか料理研究家を囲んで深刻な顔で何かを話し合っている。

地球規模での気象変動から世界経済への影響……。

アナウンサーの一人が左打者のイチローの打球への影響を心配し、物理学者は困惑しながらすべてのことは予測不可能ですと言いCMに入る。

僕は

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夜とはちみつ

夜とはちみつ

陽が落ちてから、わりと知らない道を歩く。看板が、斜めってる。

 『気をつけよう
    甘い言葉と 夜の道』

そうか。気をつけなければいけないのだな。

とくに何も起こらないまま、ずんずんと夜は進む。沈黙する道。道。
だんだん、夜の道より甘い言葉が気になってくる。

甘い言葉ってどんなのだろう。いままで誰かに甘い言葉をかけたことも、
かけられたこともあまりない。

わざわざ看板を立てるくらいだ

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