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冷蔵庫日和

朝、起きたらキッチンから母の泣き声が聞こえてきた。
傍では父が何やらぶつぶつ呟き、姉は見るからに温そうなビールを飲んでいる。

「どうしたのよ?」
パジャマのままのわたしが尋ねると、父が「冷蔵庫の様子が変だ。ダメかもな」と言った。

「は?」

わたしが父と冷蔵庫を交互に見ながら言うと、母がテーブルに顔をうつぶしたまま「勝手に死なさないで」と泣き声でいう。

「なんのこと言ってんのよ」若干、うんざりしながらわたしが言うと、温いため息と一緒にビールを飲み干した姉が「駄目なっちゃったんじゃない、この子。変な根っこまで生えてきたし」そう言って冷蔵庫を指差す。

         *

だいたいお前が毎日手入れするからこうなる、と父。母はそんなの当たり前じゃない、あんたたちの誰一人として冷蔵庫を可愛がったこともないのに、とさめざめ泣きながら言う。

わたしは、冷蔵庫に近づいて、ああ、と思う。

冷蔵庫の下から水耕栽培の植物みたいに白い根っこが生えていてクリーム色の扉からは、明らかに新しい芽が出ている。たしか、こうなったらもう冷蔵庫は寿命なのだ。

「過ぎたるは猶及ばざるがごとし」父は、まだぶつぶつ言ってる。
「それ使い方間違ってる」わたしが父に言う。

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「どうでもいいから捨ててきなよ。そんな根っこ生えた冷蔵庫なんて」

姉が言い放つと母は、「あんたたちはこの子がどんなにいい子か知らないからよ」と、わたしと姉のほうを向き直って涙声で言う。

「あんたたちが生まれる前からうちにいたのよ、この子は。庭に最初に生えたのが、この冷蔵庫だったのに。

まだ、こんな小さな冷蔵庫だった頃から母さん、育てて。お父さんが帰ってこない夜もどんなときも、母さんのそばにいてくれたの。

毎日、みんなに何を食べさせてやったらいいかしらって、この子は母さんと一緒に考えてくれたし、それに…」


「やめろ」

父が突然、声を上げる。そのすぐ後で「わかったから、やめてくれ」と、しぼりだすように言う。

「だいたいお父さんが勝手に新しい冷蔵庫なんて買ってくるから」

姉がテーブルに置かれた冷蔵庫のカタログをぱらぱらめくりながら言う。

「お父さんはなんでもそうなのよ。ダメになったら新しくすればいいって。うまくいかないことも、なんでも、だからこの子たちもこんなふうに育っちゃったんじゃない」

いつの間にか泣き止んだ母が冷蔵庫をぼんやり見つめて言う。

「どっちの話してるんだ。冷蔵庫か娘たちか」

「みんなよ。みんな。うちの子たちみんなよ」

母はそう言い放つと何もなかったみたいに、ガスレンジの前に立ち、いつもの朝のように何かを作り始める。

きっと冷蔵庫だって間違っちゃったのだ。母があんまり大事にしすぎるから、自分が冷蔵庫だってこと忘れちゃって、家族みたいになっちゃうんだ。

でも冷蔵庫は、わたしたちより早く歳をとってしまうからやっぱり家族にはなれない。

         *

次の朝、冷蔵庫の根っこは無くなってた。そして電気もつかなくなってた。

冷蔵庫の前に、冷蔵庫の新芽が一枚落ちている。結局、わたしたちは庭に穴を掘って冷蔵庫を葬ることにした。母が業者に引き取らせるのは嫌だと言ったのだ。

「冷蔵庫日和だね」
青く霞んだ空を見上げながらわたしが言う。またいい冷蔵庫が生えてくればいいのに。

そう思いながらそっと土をかけた。

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