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過去を捨てた女達 1 組織から自由になる

 毎日同じ電車に乗り、1日のほとんどを会社で過ごす。それを何年してきたのだろうか。
雨の日も風の強い日も、けだるい暑さの日も。

休みたいと半ば思いながらも、休むこともせず、ひたすら我慢と根性で乗り越えていく。
辛い事があっても、泣きながら、悔しさを乗り超え、日常に戻っていく。
でも、それが当たり前だと思っていたのだ。

順子は、昔の自分も懐かしむように思い出していた。今乗っている電車は、都心に向かっているが、夕方の電車なので、がら空きだ。いまさらどこに向かうのだろうという目つきに攫われながら、ある場所に向かっていた。

白い無地のワンピースに、赤いハイヒールがよく目立つのか、通り様に振り返る人がいるくらいだ。女優にでもなったような気分で心地よかった。自由になるってなんて気持ち良いのだろうか。

有給もしっかりあったが、ここ最近なんか取りにくさを感じていた。何か理由がなくても、もっと有給を消化すればよかったのに。そんな事を、働いている時はぐるぐる頭の中で考えていた。コロナ禍になってからは、具合が悪くならない限り、そ有給の理由が見つからなく、引け目を感じて、ますます有給がとれなくなっていた。
でも、今は仕事を辞めてしまった。こんな時期にと思うかもしれないが、もう全てをリセットしたかったように思う。

久々の銀座を歩く。人通りもいない銀座の街を歩くのも気分がよい。
銀座の路地裏の道を入り、一階が画廊店のビルの地下に入っていく。そこにアンティーク調の木の扉があり、Barという文字が書かれている小さな看板がかかっており、順子は扉を開けていた。

バーカウンターしか無いところだ。順子は、そのバーカウンターの真ん中に座り、本日の赤ワインを注文した。そして、目の前にいるマスターに語りかけるように自分の思いを話していく。

組織の中に働いて、1番上の顔色を伺いながら、目立ないように生きていたが、それは自分にとって拷問に近いことだったのに気付いたからだ。

無難に働く。そつなく働く。 
それは、みんながごく普通にしていること。 
でも、生きている実感が感じられなかった。趣味を頑張ろうとか、プライベートを頑張ろうとか、そこに視点を変えればよいとは思い、舵を変えてみようとも思ったが、どうにもならなかった。鉛のような体は、行動を加速するエネルギーさえ、奪われていたのだ。

それでも、エネルギーがあがる場所や人もあり、そこで充電はされるものの、いつのまにか気力を失っていた。

いつも心の中で辞めたい気持ちが、顔をだす。
目標を失ってからの順子は、淡々に無難に仕事をこなす日々だった。それでも、わずかの望みをかけて、他の事をやり始めては、挫折し、結局今のお給料より稼ぐ事が無理な事に気づかされ、そもそも副業が無理なのに、おかしな話だと、ツッコミを自分に入れなながら、それは微かに都合の良い言い訳なのかもしれない。

でも、そんな日々を過ごしながらも、事態は決して悪い方向にいってはなかったような気がする。
コロナだ。世の中コロナで一変したのだ。確かに外回りが主な仕事は、ズームになり、在宅勤務も増えた。気晴らしができない環境に追い込まれたのだ。ある意味、人との距離感がとられ、人のエネルギーを受けずに済んだことは、自分の中で何かが変わるきっかけにはなっていく。

在宅勤務も最初のうちは、楽しめたが、だんだん憂鬱になっていく。結局、自分の中で、もう仕事が飽きているのだ。違うことをしたい欲望と、お金という餌を前に、しょうがなく我慢している家畜のように。

気晴らしは、映画やドラマなど、家にできるものに限られ、しだいにユウチューブの情報を楽しむようになり、さらに日本人として、日本女性として目覚めるきっかけの動画に出会うのだった。

私が得た感覚は間違っていない。この社会そのものが、世界を牛耳ってる社会の縮図で、一般市民は家畜だということに、だからこせ、そこから外れないといけないと。

それは、エサとしてのお金の価値観を根本から変えることに他ならない。お金は、エネルギーだとわかっていても、結局お金に支配されている自分に虚しさを感じていた。ただ、様々なユウチューブの動画をみて、いくつかの点が繋がっていく。

どこかで転職をしても、また別の組織に入るだけで根本は変わらないと思ったのは、そうゆうことなのか。他人からもたらされる、労働の対価。そのシステムこそが、ピラミッド社会であり、男ルールなのだから。

心の中で、組織から外れたい。この枠組みから卒業したい。今やっている仕事が嫌でもない。だからこそ、今まで人参というお金を前に、とりあえずその枠組みの中で働いてきたのだ。でも、魂の声の大きさは無視できなくなっていた。

確かにパラレルワールドはあるのかもしれない。
今いる異空間のような場所で、異星人のようなマスターに語っていた。
「自由になられたのですね」
「はい」
順子は、残っていたワインを飲み干し、
組織の中で鉛のようになってしまった原因の話は、また、この次かしらと言い、グラスを返すと、入る時に見かけた黒猫が自分の足元にいた。
ニャーと一鳴きすると、順子をエスコートするように、出口まで案内してくれていた。

順子は、扉を開けると、夜風が心地よく、ワインを飲んだせいか、ほろ酔い気分なせいか、自由になった鳥のように、軽く感じていた。

黒猫はまたニャーと鳴き、順子を見送った。黒猫も自由は最高さと言ってくれているように思えた。

順子は、不思議な感覚に襲われていた。
過去を捨てたせいなのか、出口が変わったせいなのか、見える景色が全く違って見えた。
パラレルワールドに移行したのかも。
もう自分が違う次元にいると思うと、この感覚も腑に落ちるような気がした。

そんな順子の後ろ姿を黒猫は見つめていた。

あなたはパラレルワールドに移行しますか?
なら、過去を捨ててみませんか?!

次回は、過去を捨てる女達  2
             パワハラのトラウマ

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