外国人雇用拡大への対応について考える

現在、コロナ禍の影響によって外国人労働者の行き来が難しい状況になっています。これがいつどのような形で再開するのかはわかりませんが、国境を越えた人材の移動は有意義なことであり、日本がそのことと向き合う必要性が高まることは今後も変わらないでしょう。
この機会に、外国人雇用拡大への対応について考えてみたいと思います。(本文は、私が以前雑誌「税理」に寄稿した内容に基づきます)

<ポイント>
① 改正入管法により多様なバックグラウンドをもった外国人の雇用機会が増える
② 外国人の雇用は、戦略的な人材マネジメントの視点で行う
③ 外国人と日本人を区分せず、同等に対応する
④ 外国人の特徴を把握し、日本人同様に彼らのキャリア形成にも目を向ける
⑤ 金銭的報酬のみで外国人に訴求するのは、今後さらに難しくなる

Ⅰ.はじめに:改正入国管理法の概要
平成30年12月8日、第197回国会(臨時会)において「出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律」が成立し、同月14日に公布された。この中で、特に「特定技能1号・2号」の在留資格が新設されたことが注目されている(表①)。従来は、日本の入管法が単純労働者の受入れを公式には認めていない中で、実態として技能実習制度が日本国内での単純労働者の不足を補っていると指摘されてきた。技能実習制度には、在留期間の制限、研修期間中の 3 分の 1 を非実務の訓練に充てることが求められる、研修終了後に同じ資格での再入国は認められないなど、数多くの制約があり、実習生、経営側共に負担が大きい制度であった。それでも技能実習生が増加してきたことを鑑みると、日本の産業界での人手不足の現状と来日を希望する一定のニーズがあったと説明できよう。今回の法改正により、技能実習制度の目的と事実上単純労働者として雇用している側面もあるという実態との乖離を解消する動きに向かうのは確かであろう。特定技能 2 号は1号以上に難易度の高い試験が想定され、現時点では対象業種が建設業と造船・舶用工業のみに限定されているため、取得のハードルは高そうである。しかし、資格を取得すれば在留期間の更新に上限を設けず、家族帯同も認められるなど、従来の制度になかった要素が取り入れられている点が、大きな政策の転換だと言えるであろう。

表①<新たな外国人材受入れのための在留資格の創設>

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出典:入国管理局HP

法改正の動きに対して、「事実上の移民法」「単純労働者の受入れ本格化」など様々な反応が見られるが、いずれにしても、同改正法によりこれまで以上に多様なバックグラウンドをもった外国人の雇用機会が増えるのは確かであろう。本稿では、このテーマへの向き合い方に関して、外国人雇用を「戦略的人材マネジメントの視点」で捉えた上で、
・外国人を特別扱いすることなく、日本人と同等に対応する
・外国人の特徴を把握し、受けとめ活用する
ことの重要性を考えてみたい。この2つは一見すると相反するように思えるが、その意味合いは後述の説明にて明らかにしていく。

Ⅱ.戦略的人材マネジメントの視点
戦略的人材マネジメントとは、ここでは「有機的な人材フローが機能し、適切な人材が各人の最大限のパフォーマンスを目指して行動する組織を、計画的・体系的につくりあげること」と定義する(表②)。場当たり的な施策で人を採用したり昇格させたりするのは戦略的ではない。今後自社では、外部環境の変化にどのように対応していくのか、現在の事業をどうするのか、どんな新事業を行うのか、それを可能にするためにどんな組織にする必要があるのか、そしてどんな人材が必要なのか。それらの問いに対する解としての一貫した採用活動、育成の仕組み、評価ルール等が整備されていて、信賞必罰の考え方のもと処遇されている。こうした状態がつくれているときに、戦略的な人材マネジメントが実現していると言えよう。

表②<戦略的人材マネジメント>

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話題になった企業に一例を見よう。第2回日本サービス大賞(主催:日本生産性本部・サーピス産業生産性協議会)で「総務大臣賞」を受賞するなど、各方面から注目されている企業に、株式会社 陣屋がある(以下、同社HP及びHPリンクの「メディア掲載」を参照)。宿泊、飲食業は、離職者が多い業界の代表格である。同社が運営する老舗旅館「陣屋」も例外ではなく、業界平均並みに離職率は30%を超えていた。同社は経営改革に着手し、「旅館を憧れの職業に」のスローガンのもと、ITシステムやマルチオペレーション(一人が様々な仕事をこなす)を導入した。労務環境改善と自分の時間をスキルアップに使うスタッフ応援を目的に、月・火・水は宿泊の予約をとらず週3日休業を実現、副業も自由である。その結果、離職率は4%まで減り、週3日休業を導入しながらも売上が倍増したという。世間の平均賃上げ率を上回る賃上げも実現している。おそらく、残った従業員には多くのことが要求されよう。従来の旅館では縁遠かったITシステムやマルチオペレーションへの適応、「高付加価値・高単価」なサービスの提供をより明確にしたため、その提供者に見合う人材としての自己研鑽も求められる。実際、経営改革の途上で多くの既存従業員は退出したという。

この事例では、自社が「憧れの職業」と定義する旅館はどんな組織なのか、その組織にどんな人材が必要なのかが明確にされ、労務・教育などの人事施策が、自社の目指すべき姿を実現させるための一貫した取り組みとなっているであろうことが伺える。このように、好業績で注目を集める企業には、その企業ならではの戦略的な人材マネジメントの仕組みと運用が成立しているのである。そうした構想なしに、短絡的に「副業が時代の流れだから」「試しに週休3日にしてみよう」など場当たり的な人事施策を導入しても、おそらく効果が出ない。「宿泊、飲食業は離職率が高いから、年中採用活動しないと仕方ない」という人事も他律的に過ぎず、戦略的とは言えないだろう。

戦略的人材マネジメントの視点では、組織のあるべき姿・あるべき人材像の定義が先にあり、それに合った(あるいは合うポテンシャルの高い)人材を調達・育成する順番となる。先に人ありきで人に仕事を貼り付けるのではない。また、個々の人材を見ずに、属性の特徴を一括りに結論付けるのも不適切だ。従来は、「女性であれば一般職」「定年退職後のシニア人材は責任が限定された嘱託社員」のように属性を一括りにしての一律処遇が広く行われていたが、それが妥当でないのは昨今の社会情勢が示唆する通りである。

外国人雇用についても、この視点が重要だと筆者は考える。つまり、(例外的なケースもあるかもしれないが)基本的には、自社のあるべき人材像に見合った人材の採用を目指す、その人材候補者が日本人か外国人かは論点にならない、という考え方であるべきだ。評価・処遇も出身地に関係なく等しく行われるべきだろう。しかし、外国人雇用に関しては、「外国人向けの仕事・待遇はこれ」と一律に処遇する考え方がいまだに根強い。経営者の間で時折聞かれるのは、「日本人では採用できない作業員を外国人の採用で補う」という話である。そのことが、考え抜かれた戦略的な視点に基づくものであれば、必ずしも否定されるものでもない。他方、「日本人が応募しない職種で外国人に候補を求めよう」「まずは外国人を採る、どうするかは採った後その人を見て考える」といった方針に基づくものであるならば、その採用は非戦略的でうまくいかないのではないか。ましてや、「搾取の対象となっていた人材層を外国人に求める」という姿勢は論外であろう。今回「特定技能2号」が設置されたことは、多様な処遇=戦略的な人材活用の視点を法令も後押ししているものと評価できるのではないか。

戦略的な人材マネジメントが機能しているときには、その企業で働く個人の職業生活も充実したものとなる。次に、個人の視点で考えてみよう。

Ⅲ.個人のキャリアの視点
 1.キャリアの「3つの輪」の合致
個人の豊かなキャリア形成について考える際、「3つの輪」の考え方がよく使われる。Must(会社が求める役割)、Will(個人が仕事を通して求めているもの)、Can(個人ができること)、この3つのバランスが取れているときに豊かなキャリアが形成されるという考え方だ(表③)。

表③<キャリアの3つの輪>

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先ほどの旅館の例で考えると、例えば下記のように3つの輪の一端を整理でき、従業員は3つの輪の合致のもと豊かな職業生活を送れているのではないかと推察できる。
・Must:ITシステムやマルチオペレーションなど旅館として画期的な仕組み、「高付加価値・高単価」なサービスに見合う自己研鑽に対応し、成果を上げることを求める
・Will:「旅館を憧れの職業に」することに賛同し、是非自身のキャリアとしてもそれを成し遂げたいと思えている
・Can:会社の要求に応えることが可能なマインド・技能をもっていて、それを発揮しながらさらに高め続けている

Willには、金銭的報酬、仕事のやりがい、自己実現など様々なものがある。適切な労務環境があること、無用なハラスメントのない理性的な上司のもとで働けているという安心感なども、就業を通して得たいものに含まれる。そして、何がどの程度重要かも個人により異なる。

 2.外国人が仕事を通して得たいもの
仕事を通して得たいものは個人によって異なるため、「外国人にとってのWill」などと一括りで捉えるのは本来不適切だ。その上で、外国人が全般的に日本人以上に求める傾向のあるWillが存在するのも事実である。外国人が全般的に強く求めるWillの代表格として、「自身の成長スピード」「(一念発起して来日した挑戦に)相応の報酬」が挙げられる。そのことを踏まえると、これまで一般的に行われてきた日本企業の人事慣行で見直すべきものは多い。ここでは、2点を取り上げてみたい。

・実績・能力に関係ない年功処遇
従来日本企業で一般的に行われてきた人事手法として、一定の滞留年数を消化するまで昇格できない年功昇格人事がある。諸外国では、職務内容に応じた賃金を支払う同一労働同一賃金の考え方が強く、ジェネラリスト/スペシャリストで言えば、自身の得意領域・職務で勝負するスペシャリスト志向が強い。自身の領域でより難易度の高い・責任範囲の広い職務ができると自薦・他薦されれば、スピーディーに職責を変えていくやり方が浸透している。一律で昇格を待つという考え方があまりないのだ。もちろん、例えば一定の時間をかけその企業特有の技能を習得することが特に重要で、すべての人材に数年かけて特定の技能開発を行うことを企業方針とし、入社する社員もそれを理解しているなど、企業の人事戦略上の構想に則っているならば、一律の滞留年数設定もよいであろう。しかし、そうした構想もなく、高パフォーマンス人材もそうでない人材も一律に無機質な年功昇格のルールに乗せる人事は、外国人には理解されない。彼らの職業観からは、かけ離れているのである。この点は、近年日本人の間でも高学歴者の新卒人材が、自身の成長スピードの遅れが懸念される巨大企業を避け、ベンチャーに流れる傾向にあることからも、同様のことが言えよう。この機会に年功処遇の根本的な見直しが検討に値するのではないか。

・役割・責任の大きさに対し見劣りする報酬
日本企業の経営者に支払われる賃金が、諸外国に比較し低いという指摘がたびたびあるが、実はこのことは経営者に限らず管理職全般に言えそうなのだ。しかも、欧米圏のみならず、アジア圏の現地企業と比較しても、日本の管理職の賃金は見劣りしつつある。プレジデントオンラインの記事によると、日本国内の日本企業に勤める管理職の年収は、課長級の年収で約853万円、部長級で1,051万円と試算される。従業員1,000人以上の大企業で課長級989万円、部長級1,232万円となる。他方で、例えば中国やシンガポールの部長層には、年収2,000万円クラスの人材が現れてきている(表④)。また、現地に拠点を置く日系企業が現地で提示する管理職への報酬になると、既に現地企業の提示に力負けしているのが伺える。同記事では、「この10年の間に日系企業の給与は低いというのが労働市場に定着してしまっている。給与で日系企業が優位性を持っている国はどこにもない。」と指摘している。

表④<日系企業・現地企業が各国で提示する年収の比較>

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参照:2018年3月31日付 プレジデントオンライン記事「日本の大企業の課長・部長給与は「中国よりずっと下」」

管理職人材を中心に日本はアジアに誇れる「給与先進国」とは言えなくなってきているのである。「仮に最大限の評価を受け続けても部長になるまで二十年以上かかる、その結果得られる報酬も地場の企業に劣る」となれば、高パフォーマンス人材が就業先にわざわざ日本企業を選び渡日する動機は大きく減退する。

そしてこの傾向は、非管理職の人材にも広がりつつある。日本国内で日本企業が非管理職の人材に提示する賃金も、外国人に対し優位性が失われつつあるのだ。ある企業のベトナム人技能実習生採用担当者の話によると、現地ベトナムの日系企業の工業団地で働く場合の賃金は月額3万円~6万円が現在相場らしい。着任する地域にもよるが来日した技能実習生は保険、税金等除いて月額手取り12~13万円程度を受け取るという。この水準であれば、物価差を考慮すると渡日するより現地の工業団地で働いたほうが金銭的な割がよい。法定の最低賃金レベルの提示では金銭的魅力が乏しく、「日本を選んでいただけなくなる」状況が日々加速している。その中でわざわざ渡日する実習生の中には、残業代をアテにして残業が多いと聞く企業を選ぶ人も少なくないというのだ。

加えて、来日する実習生の質が2~3年前と比べて明らかに低下しているという。その担当者は、理由としてベトナム国内の賃金上昇、近年外国人の受入れに注力する韓国の存在など、渡日以外の選択肢が広がったためと見ている。従来日本企業が提示してきたレベルの金銭的報酬では、もはや外国人に訴求できる余地がなくなっているのである。

Willについては、職場で直接得られるもの以外に、職場以外で得られるものを含めた人生全体の視点で見ることも重要である。職場以外で得られるものとして外国人が比較的重視する要素の代表格が「家族生活」「信仰生活」の充実であろう。例えばアジア圏では一般的に、家族と一緒にいる十分な時間の確保が人生の中ではとても重要な要素だ。終業後に帰宅時間を遅らせようと無目的に街を彷徨う「フラリーマン現象」などは、彼らにとっておそらく理解に苦しむものだ。このような志向性が強い人材にとっては、慣例や調和という名の下のサービス残業は許容できないものとなる可能性が高い。こうした特徴にも目を向け、例えば家族のことを考えた休暇の取り方などへ理解を示す姿勢が求められるだろう。家族に多大な影響を与える転勤が、本人同意なしにローテーションの名のもと辞令1枚で下されるなど、論外と見なされる可能性も高い。

Ⅳ.事例の考察:戦略的人材マネジメントに基づく外国人活用
以下に、戦略的と言える外国人活用の例を見よう。
筆者はこれまで複数の(いわゆる老人ホームと言われる)介護施設に見学に行き話を聞いたことがある。施設内で、「私はお年寄りの人が大好きなんです」と目を輝かせながら話す介護士の人に会うことが何度かあった。高齢者に対して話しかけたり、何かをしたりしていると、無上の喜びを感じると言うのである。個人的に、この言葉には強い衝撃を感じた。筆者自身も高齢者を敬うことを心がけているし、色々なことを見習いたいと思うのだが、高齢者と接することで無上の喜びを感じるとは、正直なところ言えない。筆者では持ち合わせていないような、老人ホームで介護士として活躍する上での重要な資質の一つが、この言葉に表れているような気がしたのだ。

介護施設ではしばらく前から経済連携協定などの影響で外国人の活用が進んでいる。筆者もフィリピン人を雇用する介護施設の関係者に話を聞いたことがあるが、(少なくとも筆者が話を聞いた範囲内の施設では)総じてフィリピン人介護士は職員及び利用者から好評なのである。理由の一つが、上記の資質を持ち合わせていることだと筆者は見ている。アジア文化圏では、一般的に高齢者を大切にする価値観が根付いている。また、熱帯地方特有の「明るい気質」も介護という職業には適しているであろう。今すぐ正確な日本語を操れるかどうかも重要であろうが、言葉は多少たどたどしくても介護士としての重要な資質・気質を持ち合わせているかどうかのほうが、顧客である施設利用者にとって重要なのかもしれない。そして、働くフィリピン人の側も、自身のキャリア上介護先進国である日本の施設で経験を積み日本の資格・ノウハウを体得することを望んでいて、相応の金銭的報酬も得られるのであれば、求めているもの=Willも手に入る。3つの輪の合致をここに見ることができるのである。(なお、このことは「日本人よりフィリピン人の方が介護士に向いている」などを指しているのではない。そのような単純な図式は成立しない。フィリピン人の中には、日本で介護士として活躍できる可能性を秘めている人材が見つかるかもしれない、という意味である。)

Ⅴ.まとめ
外国人雇用機会の拡大を活かすかそうでないかは、私たち次第でもある。外国人雇用においては、なぜ雇用したいのか、どう活用すべきなのかを、自社の目線で整理しておくことが求められよう。外国人を雇用する経営者・経営幹部が、「自らもキャリアをやり直すとしたら、こういうキャリアの積み方はありかもしれない」と心底思える処遇を計画することが、理想的な受入れ態勢と言えるのではないだろうか。「自分はとてもこんな条件で仕事をしたいと思わない。それをやってくれる人を外国人に求めよう。」などの考え方は、この雇用機会の拡大に合ったものとは言えないだろう。

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