トレーナー自己紹介「元DJ 小林健一」
皆様こんにちは!フォース・トライアングル株式会社note担当の加藤です。
今回は当社最年長の(と言ってもそんなに年齢は離れておりませんが)トレーナー『小林健一』の自己紹介を記事にさせていただきました。
「健一さん!note用に自己紹介文をお願いします!」とお伝えしたところ、あれやこれやと頭を悩ませつつ、ボリュームたっぷりに仕上げてくれたので、まずはどうぞご覧ください!
はじめに
こんにちは。静岡県出身の45歳男性、勤続5年目。現在パーソナルトレーナーとして勤務しています、小林です。自己紹介的な文面に、ストーリーテリングの手法を掛け合わせ、私のこれまでの歩みをお伝えしたいと思います。
年齢でいえば、会社では最年長になりますが、あまりその雰囲気を自覚していないのが正直なところです。自分の軌跡を振り返ることで、現在の私の価値観や働き方にどのような影響を与えたのかをお伝えします。
幼少期と成長の軌跡
私は東京生まれで、3歳から静岡県の伊豆半島で育ちました。祖父母が住んでいたため、家族で引っ越したのがきっかけです。姉が2人いる末っ子長男として育ちました。
小中学校時代は野球、高校ではサッカーに打ち込み、運動が大好きな子どもでした。しかし、怪我が多く、シーズンごとにどこかに痛みを抱えることが常でした。
その経験から「あの頃もし、トレーナーが近くにいてくれたら少し違ったのかなぁ」と今になって思うところがあります。
また、伊豆半島の自然豊かな環境で育ったことは、私の性格や価値観に大きな影響を与えました。幼少期の記憶として、家族や地域社会とのつながりが深く刻まれています。
学生時代の活動と多文化共生の研究
高校卒業後に上京し、都内の大学の法学部に進学。レコードショップやナイトクラブとアルバイト先と学校を、電車・バス・自転車で忙しく行き来する生活に突入。
大学では政治学科に所属し、「多文化共生」を研究テーマにフィールドワークにも取り組みました。このテーマは、私にとって生涯続けていく普遍的な課題であり、ライフワークの一つとしています。
さまざまな文化や価値観を理解し共有することの重要性を、学生時代からできる限り深く学びました。また、学術的な学びだけでなく、現場での体験を通して得た実感が多くありました。
たとえば、フィールドワーク中に出会った人々の知恵や生き方、異なる価値観との対話を通じて得た気付きが、現在の私の人間観やアプローチ方法に大きな影響を与えています。
多岐にわたるキャリアの広がり
私のキャリアは、一見するとバラバラに見えるほど、多岐にわたっています。大学卒業後も複数の仕事を掛け持ちし、約10年間多忙な日々を過ごしました。
履歴書に記載する際も、時系列に沿って並べると、まるで世界史の年表のように複雑です。
具体的には、飲食業界で接客業、教育分野で講師、製薬会社での最新式倉庫業務、土木関係〜物流業の肉体労働、IT分野でカスタマーサポート、多様な経験を重ねました。
集客・ブランディング・営業にDJスクールに執筆活動に学童保育に介護施設に、「本当に真面目にやっていたのか??」と疑われても仕方ないほどです。
これらも学生時代の研究やフィールドワーク的なアプローチが抜けず、時間の許す限り興味の向くままに没頭していきます。
加えて楽曲制作やアレンジのアイデア出し〜ディレクション、ライブサポートと販促と、それぞれの準備がもう、何重にもサンドイッチ状態で、あまり記憶にない時期も正直あります。
こうして諸分野で異なるスキルを培い、多角的な視点と独自の目線を養うことができました。現在、その多様性と振れ幅がトレーナーとしての強みにもなっていると思います。
一見すると関連性が薄そうな経験の中に、共通する「人と向き合う力」や「要素を抽出する加減」を見出し、それを基盤として日々の業務に活かせるよう創意工夫しています。
音楽業界での経験
20代は音楽業界での活動が中心でした。ありがたいことにDJとしても数多くのイベントに参加し、刺激的な日々を過ごしました。非凡な才能を持つ仲間たちと切磋琢磨し、イベントごとに多くの学びと気付きを得ました。
音楽方面では、例えば沼津出身のChaki Zulu (YEN TOWN)、学友の栗原暁、音楽エリートとも形容すべきKENSHU( 現GOLDDIGGA )といったプロデューサーたちと、緊密な距離感で活動を共にしました。
ジルデコ、ジャバループといったジャズ系バンドのメンバーたちとも近い関係だったため、スクラッチの技術を音楽的に高く評価され、互いの活動をサポートし合っていました。
彼らは現在も音楽業界の第一線で活躍しており、当時の経験は私にとってかけがえのない財産です。名前をあげればキリのないほど、たくさんの才能あふれる仲間との出会いに恵まれすぎて、とても運が良かったと思います。
また、定例イベントの企画・運営に多く関わったことで、リーダーシップや組織運営やコミュニケーションデザインに関わるノウハウも、現場感とともに繰り返し体感することができました。
これらのスキルは、立場や業態の違う現在のチーム運営やクライアント対応においても大きな助けとなっています。
クリエイティブ分野での学び
音楽だけでなく、クリエイティブ分野でも多くの学びがありました。モノづくりとコトづくりが、ヒトをより一層かがやかせ魅力的に形作る様を、クリエイティブ畑の仲間達が教えてくれたように思います。
身近なところでは、当時から広告マンだった野村志郎(猿人)や、建築家の小野寺匠吾(OSO・元SANAA)といった、数多くの仲間たちと共に、毎月毎月イベントを企画・運営しました。
彼らは現在、各々の分野(広告と建築)で、国際的な高い評価を繰り返し受け続けるトップランナー達です。有名無名問わず、クリエイティブ畑のおもしろ人間が集まっていました。クラブという社交場の醍醐味です。
そうした経験を通じて、チームワークのダイナミズムやマーケティングのスキル、デザイン思考の重要性などの基礎を、深く理解するきっかけを叩き込まれるように得ることができました。
特に印象的だったのは、イベントの制作過程での多様な意見交換やアイデアの融合です。クリエイティブな活動を通じて、「異なる視点を持つ人々が協力することで新しい価値が生まれる」という実感を強く得ました。
色褪せない印象的な音楽やクリエイティブ分野での経験と仲間との繋がりは、今も私の土台となり、貴重な財産そのものです。それらが織りなす感覚や価値観を大切にしながら、これからも歩んでいきたいと思います。
現在の活動とこれからの目標
最後に、このような多彩な経験値を通じて得た「柔軟性」や「視点」は、どの分野でも通ずる普遍的な強みだと感じています。現在、私はこれらの経験をさらに利活用しようと、パーソナルトレーナーとして活動しています。
運動や音楽、それを取り巻く文化的な営みが好きでありながら、怪我に苦しみ悩んだ自分の過去を踏まえ、一人ひとりのニーズに合わせたサポートを心がけています。
より具体的には、トレーニングプランの作成だけでなく、ライフスタイルを尊重したケアマネジメント的なアプローチにも力を入れています。
クライアントのライフステージや健康状態と目標設定に合わせ、長期的な健康の維持・増進を柔軟にサポートすること。それぞれの持つ可能性の拡大と自己実現をともに目指す「イチ伴走者」として。
もちろん言うほど簡単にはいきません。そして一人では何ごとも実現できません。しかし、一人ひとりの生み出す確かな力の可能性や影響力を、私は信じて疑いません。
数字だけでは測れない領域が確かにあると思いますし、デジタル(数字)とアナログ(連続した量)とは、そもそも比べようがない別の概念のはず。
「例え話とライブ体験」くらいの違いがあると思います。双方に違った価値と優位性があるはずなんだよなぁ、と。好き嫌いはまた別で。
これから先、培った知識やスキルを、さらに磨きをかけ仲間と共有し、より多くの人々の健康と成長を後押ししたいです。
また、社内外のチームワークでも創意工夫を重ね、より良いサービスの構築へ向けて、効果的なフィードバックの安定的な提供が、目下の目標でもあります。
そして自分自身の成長を楽しみ噛み締めながら、さらなる価値を生み出せるように、日々精進を続けていくことが、唯一の手段でもあり最終目標でもあると思っています。
仲間や家族と「健康第一」で「未来の笑顔」づくりに努めます。それがいつの間にか社会貢献へも繋がっていた、というバランスが理想です。
いつも本気な社長が教えてくれた「恩返しではなく恩回し」ですね。DJプレイよろしく、どんどん繋げて回していけたら最高ですね。
御礼とご挨拶
と、仕事モードで大真面目にダラダラと語ってはみましたが、ホントの本音は、呆れるほどにずっとふざけてゲラゲラ大笑いしていたいタイプの人間です。
人から笑顔を褒めていただくことが、昔から比較的多い方です^^笑うことこそ、唯一無二レベルに最高の「手段でもあり最終目標」かなとも思ってます!
長文駄文、失礼しました!これからもマイペースに大切なヒト・モノ・コトを応援します!読んでいただきありがとうございました!
以上、スマ・ラボから小林トレーナーでした^^(礼)
ここまで読んでわかる通り、本当~~~~に色々な経験をされているので、そりゃ自己紹介と言われても何から書こうか迷っちゃいますよね。このくらいのボリュームになるのも頷けます。これでも頑張って削ったくらいだそうなので、これからもまだまだたくさんの想いをnoteで綴っていただこうと思います。今後の小林トレーナーの記事にもこうご期待ください!