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一文の英訳は簡単だが、「記事中の一文」の英訳は難しい、というケース

ヤフーニュース(毎日新聞)に面白い記事がありました。

記事の内容自体も面白いのですが、個人的に興味をひかれたのは別の部分です。
この記事、最後まで読むと「英訳しづらい」ことがわかるのです。

ポイント1:名詞の単複

冒頭付近の一文はこうです。

世界文化遺産・国宝の姫路城で今春、153年ぶりに「新城主」が迎え入れられた。

試しにDeepLで英訳してみましょう。

This spring, Himeji Castle, a World Cultural Heritage and National Treasure, welcomed a "new lord" for the first time in 153 years.

上手いですね。さすが評判のソフトだけあります。
誰が訳してもそう大きくは違わない英文になると思います。

しかしこの英訳、実は「誤り」なんです。
英文自体に文法的不備があるわけではありません。
では何が「誤り」なのか?

実は「新城主」は3人いるので、 a "new lord"では事実に反しているのです。

新城主が「3人」というのは記事の最後の方に書いています。記事の本題との関連が薄いという判断により、最後の方に回されたんですね。
書き手の判断によりそうすることは何の問題もないと思います。

日本語原文では名詞の単複が明示されておらず、英訳に際しての障害になるというのは珍しい話ではありません。
しかし、「城主」を単数扱いで英訳すると間違いだ、というのはかなりのひっかけ問題ですね。

ポイント2:段落構成

それでは、ポイント1を踏まえて、「新城主」を "new lords" のように訳したらどうでしょうか?

「誤り」ではないのですが、不親切でよくない文になってしまいます。
読み手は 「え?城主が複数いるってどういうこと?」と混乱してしまいます。まず、それを確認したいという(無意識の)気持ちが生じ、記事の内容が頭に入らないかもしれません。

最後の方でようやく理解するものの、「そういうことであれば、最初に書いておいてほしい」と思ってしまうでしょう。

しかし、書き手からすると新城主が3名というのは周辺事項に過ぎないので、限られた貴重なスペースの冒頭部分をそれに割きたくはないでしょう。

「文法」と「事実関係」の誤りをなくしただけでは満足のいく英訳記事にならないのです。

実際、以下のような文でスタートして終わり付近で「3名」の種明かしをするという記事構成は英語メディアの記事としては、まず採用されないでしょう。

This spring, Himeji Castle, a World Cultural Heritage and National Treasure, welcomed "new lords" for the first time in 153 years.

じゃあ、どうする?

以上は、日本語記事を読んで頭に浮かんだ内容です。日本語記事として問題があるわけでもないので、批判する意図は全くありません。
この記事を英訳するのは、独特な理由により意外と難しいなと思っただけです。

当初はその点を書くだけのつもりだったのですが、「じゃあ、どう訳したらいいの?」という読者の方の疑問が聞こえてきた気がするので、一案を書いてみます。

The list of the lords of Himeji Castle, a World Cultural Heritage and National Treasure, was updated this spring for the first time in 153 years.

「歴代城主のリストが更新された」とすることで、以下の特徴を持たせることができました。
①新城主が1人であろうと3人であろうと、事実に反しない。
②この段階では読み手は「新城主は1人」だと思って、自然に読み進めることができる。無用な注意をひくことがない。

一方、この英訳ではカギ括弧つきの「新城主」のニュアンスがうまく出せていないのですが、そこは文脈で補いつつ、「3人」の種明かしのところで "new lords" と引用符をつけておけば良いでしょう。

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