嘆き全集 | Franz K Endo

社会・愛・孤独の寓話 https://youtu.be/LSnEKhzxK-o

嘆き全集 | Franz K Endo

社会・愛・孤独の寓話 https://youtu.be/LSnEKhzxK-o

マガジン

最近の記事

  • 固定された記事

強姦される男

私は男だが、奇妙な場所に受け口がある。毎朝の化粧は怠らないし、パステルカラーが好きだ。時に可愛らしいボックスプリーツを履くこともあるし、異性の記憶は上塗りされる。ある時は5分の間に5つの人格が現れ、今さっきまでは笑っていたのに、幾許か歩けば癇癪を起こしてしまう。 ある日、私の部屋に侵入してきた蟻の群れを観察していると、銃声のようにドアを激しく打ち付ける鈍い音が何度も響き渡る。女がやってきたのだ。彼女もまた私と同じく、奇妙な場所に使い古して黒ずんだ逸物を隠し持つ。 ドアを少

    • 社会に囚われた男

      私はかつてどこかの王朝と交易をしていた。 そのことをどこで知ったのか、とんだ風の吹き回しに乗った船団が、私の住む孤島を目指している。 水平線からヌっと現れた襲撃者達を見るなり、わたしは気の抜けた叫び声をあげる。 長年の鎖国に慣れてしまい、襲撃への備えはおろか、空想事を記した書物に鍵をかけることを怠っていたのだ。 私は突然の出来事にその場であたふたし、あまりの焦燥に何も手がつかない。そうこうしている間にも、襲撃者たちを乗せた黒塊は後先も考えずに砂浜に乗り上げ、指定された

      • 夢日記: 冷酷になるには

        2021年5月4日にみた夢 : 私たちは駅のホームにいる。私の交際相手は他の友人らとホームへ先に向かっている。 エスカレーターには、何故か裸足の、派手な髪色をした男が立っている。それを警戒した私の女友達が、物騒で不安だからと突然私の手を握る。その手は暖かくて柔らかく、私の手の表面を溶かしてしまう。溶着した手はなかなか振り解くことができない。仕方ないので、皆に見えないように身体の向きを変えてそれを隠す。 その一連の出来事をどこかで見ていたのだろうか、彼女から送られてきた

        • 必要なくなると手に入る

          噛み合わせの悪い引き出しから双眼鏡を取り出し、せめてもの思いで、あの心臓が消えた方角を向く。 うねるような鼓動の音をこだまさせ、森へ一直線にかけるのが見える。その力強い鼓動から漏れ出た心臓の思惑が、私の鼓膜を波打つ。私にはそれが何を意味するのかが分かるのだ。 私はかつて愛し崇拝したその心臓のその後を想像し、祝福と絶望にかきこまれ、また涙する。霞んだ視界には、かすかにその心臓が半身を切ってこちらを伺っている姿が写る。 気が遠くなるほどの長い時が経ち、その心臓が私の元を訪ね

        • 固定された記事

        マガジン

        • 嘆き全集
          12本
        • 超短編集
          5本

        記事

          正しい相席

          傷心故に発狂した若い女が、1本で寿命が20年も縮むという煙草に何本も火をつける。金切り声で男の名前を叫びながら、煩憂の発露たる煙を街中に撒き散らす。 女を諭そうとした小綺麗な中年の男は、その図々しさの罰で、陰鬱な煙に巻かれるとすぐにその生涯の幕を閉じる。 それに遭遇するなり、通行人達は半狂乱で身体に取り入れた煙を吐き出す。口に指を突っ込んでは嘔吐し、汚染された服を脱ぎ出す。ヒステリックな呪術で煙を追い払い、無いはずの存在に命乞いと贖罪を始める。 幸運にもハズマットスーツ

          また騙されて

          「嗚呼、あなたをとても愛しているわ!」と女は歓喜に満ちた表情で叫ぶ。 私はステージに立っていることに気づく。口元に手を添えると、私の口がつらつらと何か愛の台詞を喋っている。「君のいない世界に意味など何もないよ!」 「あなたは私だけのものよ、私だけを見て!」 誰かの雑多な想像のなぞり書きとはいえ、相手の表情には、その言葉に含まれる感情を読み取れるような気がする。私の気分は段々と高揚する。身は引き締まり、私の言葉にも感情がこもりだす。 いつしか錯覚を起こした私は有頂天にな

          病院にて

          もう二度と元に戻らない状態になってしまったことに絶望するが、同時にその苦しみにも安堵している。もうこれで本当に私は諦めることができるのだ。これから実ると信じていた様々な淡い希望が頭から離れていき、私はゆっくりと意識を失う。 目が覚めると、薄汚れた天井と私を覗き込む医師が視界に入る。不幸にも、仲間の懸命な処置で私は一命を取り留めてしまったのだ。またこれから起こるであろう数々の苦難を想像して、私は気が遠くなる。 医師が問診を始めますと宣言する。「それで、今日はどうなさいました

          授かった発露

          20年に及ぶ苦難をもってしても、解決の糸口など見つからない。そこに残ったものは空虚と、一握りの苦しさ。そして摩耗した精神と、若くして作り上げられた、シワだらけの老獪めいた顔だけである。 「バカだなあ」と私は鏡をみて呟く。 やさぐれた、惨めで無力な自分に辟易した私は、裂けた胸から垂れ出た重い心をひきずって病院に行く。 数十年にも感じる手術を終え、私はなるべき姿になっている。今までの陰鬱で小汚く、余裕のない私の姿は面影もない。新生児のようなハリのある肌にシミや毛穴は一切なく

          私が渇望し、救いと信じて疑わなかったこの自由は、あまりに虚しく、孤独だ。そこには一切の喜びも、美しさも、天国的親密さもない。あるのは広大な無で、途方もなく長い時間が、私をゆっくりと、確実に蝕んでゆく。 私はかつての制約のある幸せを想い、自由のために失った全ての代償について考える。 「貪婪故の罰なのだろうか」と私は枯れた唇で問う。 「この苦しみは、いつ終わるんだろうか」と周りの静寂にもう一度問いかける。一切の波を立てずに、ただそこに在る灰色の大海の果てを眺める。「苦しみ抜

          加害

          錆びれた手間包丁を強く握りしめている。 目の前に積まれた亡骸を前に、傍ら寂しくすすり泣くばかりだ。 言葉にならない寂寞な思いを叫び、大切な存在を慈悲もなく奪った天を責める。 しかしまだ私は、自分の犯した徒疎かな罪を知らない。

          哀愁の楽園

          私は荒々しい色を絢爛と浴びせる白練の砂浜の上に立っている。心地よい海風が頬を撫で、私に僅かな微笑みを授けてくれる。 遠くの湾曲した砂浜に見える、一切の汚れがない月白に輝く灯台の元へ向かう。しばらく歩くと、屹立するその灯台と白練色の砂浜をわずかに区切る、大きな岩に腰掛けた人影が映る。私がかつて何処かで交友を結んだ、愛する友人達の姿だ。 静かに談笑をしながら明鏡止水の大海を眺める仲間の元へゆく。 私は手を大きく振って友人らの輪の中に入り、遅れて来たことを詫びる。 何十年もの

          肉体に私の水を捧ぐ

          青天の空の下、風光明媚な丘に私は立っている。眼下に広がるみずみずしい若草色の草原では、私の愛する友人らが次々と火だるまになり、「助けてくれ!!誰か助けてくれ!」とのたうち回っている。 切迫と使命に駆られ、苦しむ友人らをなんとか介抱しようとする。手持ちの水筒の水や体液を振り絞って鎮火に努めるが、それもただの徒労。火はどんどん強まるばかりだ。丸焼きの身体に触れると途端に私の手はケロイド状になり、造形の良かった白くて長い指は骨ごと溶けて、鈍い音と共に地面に垂れ落ちてしまう。それで

          肉体に私の水を捧ぐ

          Beseech

          Do I dare leave before you give me a smile, you look back upon this? So I lie awake to dream of you and I sailing through life But you and I are to drift away For dust you are, unto dust you shall return Oh I beseech you to stay

          痴呆

          紫紺色の鬱汁をスプーンですくい、それを一滴づつ緩慢に、しかし狂いもなく正確に垂らす。音もなく湧き出るその泉が枯渇することはない。私はそれを毎日繰り返す。 ある日、私は本能がそうするようにあたりを見回す。当たり前のように、皆はそこからいなくなってしまったことに気づく。刹那、湧き出る紫紺色は消えてなくなり、かつての色を失った古びた花崗岩が姿をあらわす。私は、何千年にもわたる内省の末、何も疑問に思うことがなくなってしまったのだ。 私は枯れた泉から、スプーンで空をすくう。まだそこ

          手術

          「これは君のためだけではなく、君の周りのみんなのためでもあるんだ」 と猫背の医師は男を念押しするように諭す。 「これ以上君が人の心を慈悲もなく破壊し、腐らせないようにするために」 男は「わかった、わかった」と医師の話を遮る。オペ室の看護師は、血の染み付いたサメの刃を持つ電動鋸を携え、床に落ちた食べ物を見るような、同情と憐れみ、若干の軽蔑の混じった目で男を見つめる。 「でももう大丈夫だ」と医師は続ける。 「私も彼女も、この手術で良くなった。本当に良くなった。本当に何も感

          嘆き 短編集1

          所業 私は自らの堕落や私欲による悪業によって報いを受けていることを自覚している。しかし、他の人間が善良故に豊かな生活を送っているとも到底思えない。 仏滅 屠殺される雌牛のような胴間声をあげる妊婦の肉体を張り裂き、大きな肉塊がその頭を突き出す。私は助産師と共に、分娩台の上で血塗れで痙攣するその肉叢にいかめしい喝采を浴びせる。針金のような硬い髪を持つ医師が宣告する。 「おめでとうございます。立派な自意識です!」  両性具有 私がかつて愛していた女に陰茎が生えている。