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強姦される男

私は男だが、奇妙な場所に受け口がある。毎朝の化粧は怠らないし、パステルカラーが好きだ。時に可愛らしいボックスプリーツを履くこともあるし、異性の記憶は上塗りされる。ある時は5分の間に5つの人格が現れ、今さっきまでは笑っていたのに、幾許か歩けば癇癪を起こしてしまう。

ある日、私の部屋に侵入してきた蟻の群れを観察していると、銃声のようにドアを激しく打ち付ける鈍い音が何度も響き渡る。女がやってきたのだ。彼女もまた私と同じく、奇妙な場所に使い古して黒ずんだ逸物を隠し持つ。

ドアを少し開けると、女はその隙間に真っ赤なハイヒールを差し込み、「話を聞いてほしい」と声高に叫ぶ。全く気乗りはしないが、人から必要とされているうちが華だと自分に言い聞かせる。

「わかりました」と気の抜けた声で答えると、女はドアを乱暴に引き、私を押し退けて部屋に入る。

「本当に何もない部屋ね」
と女は許可も求めず煙草を吸い出す。

「本当につまらない部屋」  

私は何も答えずに立ち込める煙を見上げる。

私は女の崇高な理念、社会的な成功、美談を聞かされる。私は話合わせに女のあらゆる主張に「その通りだ」と返す。

すると、女は突如豹変し、甲高い奇声を発して両手で私を壁へと突き放す。鈍痛にやられ、壁に凭れている私を掴むと、女は私の首を慈悲もなく絞め上げる。「野蛮人...!野蛮人...!」と、私は絞るような声を上げる。両手を伸ばし、相手のアゴを押し出そうとするが、これもまた定めなのだと、私はすぐさま抵抗を諦める。

酸欠の脳から下った指令に従い、私はズボンをなんとか下ろす。だらしのない太ももを退け、わずかに出血している黒ずんだ股を開く。

待っていたかのように、彼女(彼の場合もある)は、充血した鉄のように堅く勃ったその根を差し込み、さまざまな言葉を吐き出す。身体が張り裂け、神経をヤスリで激しく削られるような痛みが全身を襲うが、自分の股に手を伸ばすと、そこは濡れている。

なぜなら、容姿の良さや人望、社会的な優位性を一切持ちあわせていない私にとって、ある種の優しさ —人々が耐えかね、何処かへ放棄するか、誰かに投げ渡そうとしている全ての苦痛や欲望を受け入れること—  それが、世界との関わりを保つ唯一の切り札でありえると信じていたいからだ。

故に、私は時に「こうして欲しいんでしょう」と相手を羨望し、言葉に溺れる仕草、そのような言い回しをしてみせる。案の定相手は興奮し、事に拍車をかける一方だ。

一通りの狂乱に心が充足すると、女は呪縛が解けたように元の姿へ戻る。なんとも純粋無垢で、可愛らしい顔をしている。「あなたといると安心するの。また会いましょう」と女は優しく耳元で囁く。

貪婪の果てに乱れた服を整え、手鏡で軽く化粧を整えると、私の元を音を立てずに飄然と去る。既に夜は更け、カラスが隣人の捨てたゴミを漁っている。

260日が経ち、女が私に植え付けた種が芽生える。赤黒色の薔薇が、胸の谷間から皮膚とシャツを突き破り、力強く咲く。

私は、女が与えたあまりに耐え難い苦痛を忘れない為に、その奇妙にも発達した鋭利な、しかし同時に愛おしい形の薔薇に水をやり、大切に育てる。

「ああ、神よ!」と通りすがりの浮浪者が私の薔薇を見て叫ぶ。

「ああ、神よ!これこそが本当の愛なのだ!」

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