正しい相席

傷心故に発狂した若い女が、1本で寿命が20年も縮むという煙草に何本も火をつける。金切り声で男の名前を叫びながら、煩憂の発露たる煙を街中に撒き散らす。

女を諭そうとした小綺麗な中年の男は、その図々しさの罰で、陰鬱な煙に巻かれるとすぐにその生涯の幕を閉じる。

それに遭遇するなり、通行人達は半狂乱で身体に取り入れた煙を吐き出す。口に指を突っ込んでは嘔吐し、汚染された服を脱ぎ出す。ヒステリックな呪術で煙を追い払い、無いはずの存在に命乞いと贖罪を始める。

幸運にもハズマットスーツを着ていた男はうすら笑みを浮かべ、呪文のように女に汚い言葉を吐く。女の吐き出す乾いた煙はいつしか雲となり、太陽を覆い隠す。

私は感傷的な気持ちになる。ほとんどの人間には理解されないであろう、女の苦悶を思うと胸が詰まる。

魔が刺した私は女のもとへ駆け寄り、その灰色の、靉靆とした煙を思いきり吸い込んでみせる。もうすでにボロボロの肺を満たす、その重々しい、アルコール混じりの苦い香りが、私のかつての渇望や困難を想起させる。

増幅された苦しみは私を死へと駆り立てるが、また同時にある種の生存本能も掻き立てる。産まれて初めて、私は生きているのだ。

「私は生きているのだ!」と両手を空しく突き上げる。絶望の淵に湧き出た快楽は、私の五感に入るものを一つ一つ、全て色鮮やかで美しく表現する。しかし、仮初の高揚もそう長くは続かない。全身に攣ったような痛みが走り、私は自分の身体を両手で抱き込む。息が詰まったように脳が暖かくなり、やがて全てに対して鈍感になる。

女は、自身よりもあまりに無謀で、大胆で、自暴自棄な私を見るなり目を丸くする。
「えっと... 大丈夫ですか?」と女は出まかせの同情を口にする。

「これでよかったんです」と私は自分に言い聞かせて悶える。霞む視界に映る女の顔に、太古の叶わなかった愛の形を重ね合わせる。

私が傍ら寂しく倒れ込んだ道端には、私がかつて愛した女と、その女が愛した男が相携えて横たわっている。

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