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さよならだけのインターネット


2024年6月11日(火)朝の6:00になりました。

コノサカズキヲウケテクレ、ドウゾナミナミツガシテオクレ。

どうも、高倉大希です。




ぱどタウン、みんなのチャット、アメーバピグ。

Skype、mixi、ニコニコ動画。


わたしたちの青春は、インターネットと共にありました。

それぞれのサービスから得た感動は、かけがえのない思い出です。


顔や名前を出して、発信する。

そんな行為が、死を意味していた時代の話です。


インターネットという情報の海に埋没した学生部の頃、他者の作品は自分の表現の素材なのだという実感が芽生え、自分自身の表現も他者の創作の糧になりえると、自ずと考えるようになった。言葉を紡ぎ、表現を行うことで、世界や他者との関係が取り結ばれる。

ドミニク・チェン(2022)「未来をつくる言葉 わかりあえなさをつなぐために」新潮社


基本はみんな、匿名です。

そんな匿名のインターネットにおいて、人がいなくなることは日常茶飯事でした。


毎日チャットで話していた人が、ある日突然いなくなります。

毎日読んでいたブログが、ある日突然なくなります。


それはもう、鮮やかなものです。

村上春樹の小説に登場する人物くらい、忽然と姿を消すのです。


さて、インターネットのディスプレイ画面を見つめている人は、根本的なところで孤独です。乱暴な言い方だということは承知していますが、こんな姿が孤独でないわけはありません。

糸井重里(2014)「インターネット的」PHP研究所


はじめはそんなできごとを、とても寂しく思っていました。

リアルでは、なかなか起こり得ないことだからです。


しかし、こちらにはなす術がありません。

元気にやっているだろうと、思いを馳せるくらいです。


裏を返せばきっと、インターネットのよいところでもあります。

こちらの都合だけで、関係性を閉ざすことができます。


人間は、誰かとの関係の中で、その人のための分人を常に生み出している。お互いにです。相手の中には、あなたのための分人が生じる。一対のセットとして、言葉や感情のやりとりをしている。個性というのは、だから、唯一普遍の核のようなものじゃないんです。

平野啓一郎(2015)『空白を満たしなさい(下)』講談社


サービスそのものが、終了した。

時間経過と共に、そんなニュースを目にすることも増えてきました。


さよならだけのインターネット。

そんなインターネットで、いなくならない人になろう。


毎朝6:00に投稿している理由の一片は、ここにあるのかもしれません。

この文章を書きながら、そんなことを思った次第でした。






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