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【れきどくコラム】日本の英雄350人とっておき裏話 毛利重能

―数学嫌いをも魅了する華麗なる江戸数学者列伝 その礎となった人

懐かしの新人物往来社刊の本から、面白いエピソードを紹介する【れきどくコラム】

よくある歴史こぼれ話系の本ではある。1ページに1人というページ構成で人物の裏話を紹介していく。ノリとしては、病院内のコンビニや空港・新幹線の売店などに売られているものと違いはないのだが、そこは歴史専門の新人物往来社。

執筆陣のほとんどが大学教授や歴史研究家など豪華な顔ぶれ。そこが、その辺りで売られている歴史こぼれ話系の本とは、一線を画している。

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タイトル:別冊歴史読本特別増刊 日本の英雄350人とっておき裏話
発行年月日:1992年5月23日

さて、本日ご紹介するのは、江戸期における和算の礎となった毛利重能(もうり・しげよし)。

筆者は数学が大の苦手教科である。ただ、冲方丁さんが本屋大賞を受賞した『天地明察』から、自然科学へ真摯に向き合う人々へ興味を持つようになった。

江戸期の自然科学というと、すぐに蘭学を頭に思い浮かべてしまう。しかし、江戸期にも蘭学の流れではない爛熟したものがあったことを冲方丁さんによって知った。

このような関心を持ったのは、筆者だけではない。大阪歴史博物館と大阪市立科学館が作品の主人公・渋川春海に関する史料を同時展示するなど、大きな流れとなっていった。

作中において、渋川春海のライバル的存在として登場するのが、和算の大成者であり“算聖”と仰がれた関孝和。気難しく報われない天才として、映画では市川猿之助さんが演じた。

その関孝和の師匠が高原吉種。さらに、高原吉種の師匠が本日の主人公である毛利重能。

生没年不詳で、出自も諸説があり、なかなか捕らえどころがない。豊臣秀吉に仕えて出羽守となったという話や、池田輝政の家臣という話もある。明で算術を学んだであるとか、大坂の陣では同姓との理由で毛利勝永の部隊にいたという話もある。

確かなのは、京都で“天下一割算指南”の看板を掲げ、私塾を開いたということ。“天下一割算指南”…何というか、そういう感じの人である。ただ、そういった気質がなければ、頭脳だけでは戦国乱世という現実世界を生き残れなかっただろう。

1622年に刊行した『割算書』は著者名がわかる和算書としては現存最古。その『割算書』の序文が面白い。ウィキペディアにも記載はあるが、わかりにくいため、本書より引用する。

「そもそも割算というのは、寿天屋の辺連というところに、智恵やもろもろの徳をそなえた名木があり、すばらしい味の実が一つ生っていた。それを人類の祖先である夫婦二人のものが二つに割って食べたので、そこから割り算ということが生まれた」

もちろん、アダムとイブのリンゴの話である。当時すでにこのエピソードが知られていたことにも驚くが、アダムとイブの話と割算を“掛け算”する荒唐無稽な発想が面白い。

ただ、多くの弟子を育て、その弟子や孫弟子たちが江戸期の和算を牽引していくのであるから、決して荒唐無稽ではなく、天下一も言い過ぎではなかったのである。

洋の東西を問わず、数学者には面白い人が多い。こういった人物目線で算数や数学を教えてもらえていたら、今ほどの苦手意識を持たずに済んだのかも知れないと思う。

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